「同労者」第10号(2000年7月)                           目次に戻る 

読者の広場(2)

   短歌 
森聖泉キリスト教会 牧師  秋山 光雄


                ひとときの休みを賜り独りきて
                          潮騒耳に湯ぶねにつかる

                定まりし時は来たれど人はなく
                          祈会待つ身の心は重し

                一人また二人三人集いきて
                          終わりは十五の祈会となりぬ

                劇を見る園児の椅子に座す我を
                          見つけて孫はしきりに手をふる

                春日さす舗装を終えし黒き道
                          ほそきラインの白さ目に沁む





随想
「見方いろいろ」
・・99.6.20森教会週報「信仰随想」より・・

 百万人の福音の投書欄には、いろいろな意見が載っている。
「こんな最低の雑誌を買って損をした。これでも伝道用か!もう今度からは取りません。編集
室、辞職せよ!」「もう苦情を言わないで済むように購読を止めた。若者を育てるためでも老人
を育てるためでもなく、ただ福音がストレートに語られることを期待する。長々と言い訳けする
のは、およしなさい。」(二月号)
「二月号に最低の雑誌!との声がトップに載せてあり、悲しいやら、がっかりやら、怒りが込み
上がるやら。あんな失礼な意見と編集部は戦ってほしい。現在の百万人の福音は昔同様、十
分伝道用だと私は思う。」「毎月読んでいます。私にとっては無いと困る心安らぐ雑誌です。」
(七月号)
 多分、前二者は信仰歴ある年配者であり、後二者は若い人、女性ではないかと思う。人は
様々な意見、見方があることが分かる。牧師中心の会合でも格調があるとして文語体聖書と
従来の賛美歌派と若者受けする歌詞のニューソング派との論争がある。その他、集会時間、
形態、服装、座席位置、謹言重厚派と楽しい自由とリラックス派などなど。年令や経験、信仰
歴や性格などの違いから避けられない事ではあるが、自説に固執せず他の意見にも耳を傾け
る心の余裕が必要なのではなかろうか。(無思想でも迎合でもなく。)
 その上でパウロの言う「わが福音」という動かせない、動かしてはならないものがある。それ
は主がその人に与えた使命、メッセージでもある。ただその現し方に柔和と謙譲の香りの必要
なことは言うまでもない。

 
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