「同労者」第10号(2000年7月)                             目次に戻る 

Q&Aルーム

 信仰生活のこと、教理上の疑問など様々なことについて、誰かに聞いてみたいことがおきてく
ると思います。教会の先生に伺うことは勿論一番ですが、それを独り占めしないで、すこし公開
してください。それを皆で考えると、きっと皆さんにとって益になると思います。
質問の送付先は
仙台聖泉キリスト教会 山本嘉納牧師まで
TEL & FAX :  022-266-8773
 e-mail 



先月の質問に対する回答例をご紹介します。自分の回答と比べて下さい。
 1.救われた人も罪を犯しますか?
(回答)
 まず次の聖書のことばを読んでみましょう。
 「だれでも神から生まれた者は罪のうちを歩みません。なぜなら、神の種がその人のうちにと
どまっているからです。」(ヨハネT3:9)…ここにヨハネは、救われた人は罪のうちを"歩まない"と
いっています。このことばは"罪を犯さない。"というニュアンスを含みますが、"全く罪を犯さな
い。"と断定すると行き過ぎでしょう。
 「私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さなくなるためです。もしだれかが
罪を犯したなら、私たちには御父の御前で弁護してくださる方があります。」(ヨハネT2:1)…同じ
ヨハネが、あなたがたが罪を犯さなくなるためではあるが、もし罪を犯したならば、その罪を犯
したあなた方を弁護して下さる方がおられる…と表現しています。
 「…私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。絶対にそんなことはありません。」(ローマ6:1〜2)
…信仰によって(イエス・キリストによって)義とされた人が、罪を犯し続けてよいでしょうか、と
パウロは問いかけ、直ちに強い断定をもってそれを否定しています。
 これらから以下のことが考えられます。
(1)"救われた信者も罪を犯している。"という現実があること
(2)その罪に対して、その都度、"赦し"があること
(3)"救われた人は、罪を犯し続けてはいけない。"と勧められていること
 ローマ人への手紙でパウロは、"罪を犯し続けてはいけないから聖潔に至りなさい。"と勧め
ています。
 お互いの実際の信仰生活はどのようでしょうか。皆さんは下のどの項目にあてはまります
か?
(ア)罪なんて考えもしない。
(イ)罪を犯していることは知っているが、何もしない。…完全な人なぞいないと思っている。
(ウ)罪を犯しては悔い改めることを繰り返している。
(エ)罪を離れた信仰生活をすることを許されている。
 あなたの答に対する私どもの見解は以下の通りです。
・答が(ア)の人
 あなたはイエス・キリストが「私は門です。…私を通って…」(ヨハネ10:9)と言われた門を通って、
神の国に入っていない可能性が大です。ですから、「人は新しく生まれなければ、神の国を見
ることが出来ません。」(ヨハネ3:3)とイエスが言われたように何も見ていない恐れがあります。
 天国の門は、"罪"を通してのみ――絶対に他の門はありません――通ることができます。
あなたは自分の罪は何か?と自問してみることをお勧めします。
・答が(イ)の人
 あなたは、サタンによって深い眠りに入れられている可能性が大です。「眠っている人よ。目
を覚ませ。…」(エペソ5:14) 信仰者の戦いは、「天にいるもろもろの悪霊」(エペソ6:12)との戦いで
す。金儲けの経済戦争ではなく、サタンとの戦いであり、己の罪との戦いです。信者の生涯に、
罪との戦いがない、ということはありません。自分の罪を見つめて戦列に復帰しましょう。
・答が(ウ)の人
 あなたは最も一般的な信者です。
 あなたは、まず「自分自身の罪」と「誘惑」との区別のつく人になりましょう。それは「罪」とは何
で、「誘惑」とは何であるか知ることから始まります。そして「自分の心を見守る。」(シンゲン4:23)
のです。すると、"私は悔い改めなければならない。"のか、"誘惑を退けなければならない。"
のか判断できます。
 そして、あなたこそ、パウロに「聖潔に進みなさい。」(ローマ6:19)と勧められている人です。
・答が(エ)の人
 ハレルヤ!あなたは今後も信仰の戦いを勇敢に戦い、良い実を結ぶことを求めましょう。良
い実とは、神があなたを不当に(あなた自身の責任でない)困難に入れられるとき、誰かのた
めにその重荷を担うことです。それをたくさん担えることがすなわち百倍の実を結ぶことです。


今月の質問
 今月もまずご自分で答えてみて下さい。
1.先月の質問の回答に、"聖潔に進みなさい。"というパウロのすすめが引用されていま
すが、その「聖潔」とは何ですか?
 




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