「同労者」第11号(2000年8月)                            目次に戻る

随想

良き模範

森聖泉キリスト教会  牧師  秋山 光雄


−− 99.10.10週報「信仰随想」より −−
 先日、中学の部活のため礼拝に出席できないとして土曜日に認君が、日曜の夜には恵さん
が、それぞれ献金を携えて祈りに訪ねて来られました。親に勧められてか本人の自発的行動
なのか分からないが、とにかく感謝なことである。
――森教会では礼拝に出られない人のために早天礼拝が用意されているが、活用される人
は必ずしも多くない。その中での彼らの行動にうれしさを感じた。――
 そう言えば、子供を脇に座らせて静かに礼拝を守らせようと努力している親達の姿や、集会
の終了後子供と共に祈る家族の姿が森教会では良く見られる。このような光景は先輩達の模
範に負うところが多いと思い、良き模範を残している先輩達に感謝している。
 教会には直接、指摘されなくても他の人を見て自分を正すことが出来るし、その心掛けが大
切である。それはまた大人の態度と言うべきだろう。
 教会の伝統には、それなりの価値がある。だからやたらに自由を主張し旧来の体制の打破
とばかり独自のあり方を進めるのは慎むべきだろう。聖書の基準に従って培って来た教会の
伝統の調和を計ることは決して個人の自由を拘束することにはならない。
 例えば、時間、服装、奉仕者の準備、挨拶、礼儀、秩序など。テトスへの手紙に多く出ている
「健全な信仰」とは、その事をも指していると思う。
 良き模範を見習いつつ、また自分も良き模範を残す者にさせて頂きたいものである。
 

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