「同労者」第23号(2001年8月)                      目次に戻る 

Q&Aルーム

 信仰生活のこと、教理上の疑問など様々なことについて、誰かに聞いてみたいことがおきてく
ると思います。教会の先生に伺うことは勿論一番ですが、それを独り占めしないで、すこし公開
してください。それを皆で考えると、きっと皆さんにとって益になると思います。
質問の送付先は巻末にあります。




 今月もまず先月の質問に対する回答例を述べておきます。
先回の質問の回答例(作成者:野澤)
 先月(6月号)の質問は
1.啓示された特定テーマについての「救拯史的理解」とは何ですか?
でした。
 まず用語の解説を致します。
 「救拯」とは神が人類を救って下さることそのものを指していますが、神がそれをお与えにな
ったのは一足飛びにではなく、時代を追って少しずつその内容を明らかにされ、人類の「歴史」
の進展とともにお与えになったのです。ですからこの神が人類をお救いになった道筋を「救拯
史」と呼んでいます。
 救拯史の概要は以下のようなものです。
 神が創造された世界は「非常によかった。」(創世記1:31)のでしたが、アダムの堕罪とともに
悪しきものとなってしまいましたから、神は直ちにこの人間世界に対する救拯の歴史をスタート
させなさいました。人間は増えて地に広がりましたが、「暴虐に満ち」(創世記6:13)ていました。
神は悪しき人々を滅ぼし、正しい人ノアとその家族のみを救出し、ノアの子孫のみ残したらどう
なるか試されました。ノアの箱船は神の救いの型です。けれどもノア自らぶどう酒を飲んで酔っ
ぱらい、裸になる醜態を晒しました。
 ノアの三人の息子達は今の世界の人種区分を大別する人となりました。
 神はアブラハムと彼の子孫を選んで、イエス・キリストが人間の世界に来られる道とされまし
た。アブラハムはその子イサクを捧げて、父なる神はその一人子イエスを贖罪の犠牲として人
間に与えられる型となりました。イサクは捧げられたイエスの型となりました。しかし彼と彼の息
子イサクは、キリスト来臨の道としての役目に選ばれたのは本人だけでした。ヤコブはその子
らすべてがその役目(キリスト来臨の道)を担う者とされました。ヤコブはエジプトに行きそこで
彼の子孫は国を形成し、モーセに連れられてカナンの地に帰ってきました。モーセによって律
法が与えられ、祭司制度が整えられて、政治だけでなく宗教の面でも形が整えられました。神
はモーセに後の世にあなたのような予言者が起こされると啓示されました。イエスがその予言
者なのです。
 やがてイスラエルは王国に変わりました。ダビデには来るべき方はダビデの王座につく王とし
て来られることが示されました。イエスがその王です。
 イスラエルはエジプトにおいてもカナンにおいても、絶えず偶像礼拝に傾きました。しかし、バ
ビロン捕囚にあってからエズラ、ネヘミヤらの努力によって、偶像礼拝は後を絶ちました。けれ
どもイエスの来られたときには、彼らの宗教は単なる形式に流れていました。
 イエスが来られて贖罪が実現しました。それまではすべて型に過ぎませんでした。
 イエスが天に帰られて聖霊が降り、新約の時代が到来しました。それまで神は外側の、自
然、肉体に属する事柄をもって神に仕えることを認めてこられましたが、新約の時代では霊的
な事柄を求められるのです。私たちはこの時代に生きています。
 聖書は更に後のことも啓示しています。それは、主のご再臨、最後の審判、新天新地(来る
べき天国)についてです。
 啓示された特定テーマについての「救拯史的理解」とは、個々のことがらについて、神がどの
ようにそれをご覧になっているか、以上のような救拯史の視点から、今の時代にはそれをどの
ように把握すべきか考察することを意味しています。
 実例をあげるなら、例えば「一夫多妻制度」は旧約の時代には、何の議論もされずに認めら
れておりました。しかし、イエスは「ひとはその妻にあい、ふたりのもの一体となる」と言われて
一夫一婦しか認められないことを示されました。事実新約の時代には、正統的なキリスト教の
信仰を持つ人々の間では、一夫一婦制度以外は存在しなくなりました。
 イエスは食物についての旧約の汚れに関する規定を否定され、人間の心から出るものが人
を汚すのであって、外から人に入るもの(食物)によって人が汚れることは無いと述べられまし
た。そのように旧約の規定は新約に入って変えられたのです。
 旧約の時代には酒はむしろ祝福されたものと認められておりましたが、聖霊が来られて「酒
に酔うな。放蕩はそのうちにあり。むしろ聖霊に満たされ」よと言われ、酒を禁じられました。も
う少し詳しく述べるなら、旧約の時代にはナジル人の誓願のときと、祭司が神殿において仕え
る時だけ酒が禁じられていました。新約の時代には「万人祭司」であって、ひとり一人神の神殿
であり、聖霊が各自の上にとどまっておられますから、新約の信者は四六時中神殿に仕える
祭司として生きなければならないのです。
 以上のように特定テーマの救拯史的理解とは救拯史の上の時点ということを考慮して、物事
を判断することなのです。奴隷制度、神の民の妻の地位などについて考えてみてください。

今月の質問
1.天使の働きについて救拯史的観点から述べてください。
また、まずご自分で回答を考えてみて下さい。



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