「同労者」第25号(2001年10月)                         目次に戻る 

旅行記

― 聖地旅行見聞記 (7) ―

森聖泉キリスト教会  牧師 秋山 光雄

聖地旅行日程    1986年11月14日〜11月25日 (13日間)
日/曜日 出発地−到着地 主な訪問・見学地
18/火 シナイ・エイラット(ガネイシュミットガーデン) シナイ山登頂  アカバ湾


11月18日(火)
 (前号のつづき)午後3時、我々はエジプト、イスラエルの国境に到着。此処で長い時間世話
になったエジプトのバスの運転手さんと別れる。ハグの挨拶を交わし名残惜しそうにみな笑顔
で感謝を表した。個人と個人はこんなにも握手が出来るのに何故国単位になるとむずかしくな
るのだろう。

エジプトとイスラエルの国境


国境は道路に検問所があり道は50メートル位の緩衝帯を挟んで双方に鉄条網そして国旗が
立っていた。
 私たちは手続きを済ませ荷物を手押し車で運んでイスラエル側のバスに乗せた。手続きの
時面白い事があった。それは名簿記帳に父親の名前を書く事だ。生きた人、死んだ人を問わ
ず、父親の名前が要求される。ユダヤ人は聖書によって○○の子誰々とあるが、それが今も
生きている訳だ。そこで私も父・金一と書いた。こんな事は初めてで妙な気分だった。イスラエ
ルのバスはエジプトに比べて流石に立派だし、広いし、きれいだった。そればかりか国境一つ
隔てているだけで何か自由で豊かさ、悪く言えば遊び風が漂っている感じだ。それは色彩にも
現れ、明るい色となっている。ボート、海浜の設備、とにかく何か変わった雰囲気となる。イスラ
エルの運転手はこれから終わりまでこの車、この運転手さん(モーシェという名)だそうで一同
拍手で歓迎した。そう言えばエジプトの運転手と別れた際にも握手を交わし顔を両手で挟んで
別れを告げたが笑顔の中にも何か一抹の悲しさが感じられた。人の情けや交わりは国境、宗
教を越えて"じーんと"来るものがある。彼はまた10何時間をかけてカイロに帰っていくそうだ。
乗り換えのために国境を挟んで時間を取ったがエジプト、イスラエルはサダト、ペギン両首脳
の決断で和平条約を結び一応の平和が保たれているとはいえ、やはり両国の対立は根深い
ものがあると言う。人と人、国と国の共存の難しさは依然として残っている。これからアラバ湾
を北上してエイラットを目指すわけだが、エイラットは人口2万、エラ またはエンゲディ 或い
はエジオンゲベルと呼ばれているらしい。懐かしい旧約の地名である。エイラットはこの地方最
大のリゾート地と言われ夏は暑くて人は来ないが後のフルシーズンは人が溢れるそうだ。
 バスの中で河谷氏はこれからのイスラエル旅行の注意をしてくれた。それによると、
 ・ホテルでは一応靴、服装を整える(スリッパで部屋を出ない)。
 ・水は一応飲めるがやはりミネラルウォーターが望ましい。
 ・ショッピングはベツレヘムで予定しているので、行く先々では買わないように。但し、そこしか
ないものはその都度連絡する。
 ・治安はエジプトより良いが油断は禁物。
こんな注意を受けている間にイスラエルの婦人警官がバスに入ってきて一応の質問があっ
た。その内容は、誰かに(すなわちエジプトで)何かを運んでくれるように頼まれなかったか。知
らないものが自分の荷物の中に入っていなかったか。などと言った類の質問で我々は首を縦
に横に振るように要求された。次いで荷物の抜き打ち検査である。6人が選ばれたがみな若い
人たちで河谷氏が指名した人達であった。
 とにかく全ての手続きを経てバスは発車したが紛争の残るアラブとイスラエルの国境越えは
中々神経を要する。左手が山、右手がアカバ湾の光景は依然として同じだ。ただ遊牧民の建
物農耕法、緑、なつめやしの群生など人口技術がシナイ半島のエジプト側より相当進んでいる
事に気がつく。この大砂漠にイスラエルのキブツが入植し新しい国造りをしている逞しさが肌で
感じられる。唯一の水源を遠くガリラヤ湖に求め水道管が網の目のように張り巡らされ集団、
共同の農村造りが着々と進められているという。
 エイラットに到着。ガネイ・シュミット・ガーデンがその宿で私たちは113号室だった。ここの夕
食は美味しかった。スープが美味しく、ここで美味しいことを"ターイム"と言うとの事だ。


ガネイシュミットガーデンホテルの部屋にて



ガネイシュミットガーデンホテル
エラットのホテルより緑が多くなっている



エラット、ガネイシュミットガーデンホテル
11月19日撮影

 「ターイム」「ターイム」と言ったらボーイが喜んでお代わりをくれた。結局私は3杯もお代わり
を頂いた。七面鳥の焼き肉、ピザ、とよく私の口にも合った。夜、有馬師と語り合ったが彼の学
識、見識、優雅さには教えられるところばかりで脱帽させられた。彼と同室になれた事を感謝し
た。彼は現教会に6年前招かれて就任したと言う。
名誉牧師の岡田先生は福島に住み月1度上京して礼拝説教をされるそうだ。立場、教団、他
いろいろ異なるが敬虔さは見上げた人物である。今回の旅行の収穫は人材に恵まれた事であ
る。企画の下川師、ガイドの河谷氏、団長の後藤師、そして同室の有馬師また不思議な魅力
の持ち主の石神氏など。
 明日のスケジュールは河谷氏によっていつも入念に伝えられる。(明日は7:00朝食 7:50
部屋を出る 8:10集合 8:30出発)
 エイラットのホテルの略図は次の通りである。   (  図は省略  )
 エイラットは有名なリゾート地であるためか、Wベットになっているが、中には2つを切り離し
て休んだ人もいた。




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