「同労者」第27号(2001年12月)                         目次に戻る 

聖書研究

仙台聖泉キリスト教会 聖書研究会 1993.7.20 から
聖霊について(第9回)
―― 聖霊とパウロ (その2) ――


仙台聖泉キリスト教会   野澤 睦雄

 3.2 パウロの個人経験
 (1) 救いの経験と聖霊経験
 「…道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。
彼は地に倒れて、『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。』という声を聞いた。彼が、
『主よ。あなたはどなたですか。』と言うと、お答えがあった。『わたしは、あなたが迫害している
イエスである。…』…。
 サウロは地面から立ち上がったが、目は開いていても何も見えなかった。そこで人々は彼の
手を引いて、ダマスコへ連れて行った。彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしなかっ
た。
 さて、ダマスコにアナニヤという弟子がいた。…アナニヤは出かけて行って、その家にはい
り、サウロの上に手を置いてこう言った。『兄弟サウロ。あなたが来る途中でお現われになった
主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためで
す。』するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。彼
は立ち上がって、バプテスマを受け、食事をして元気づいた。…」(使徒9:1〜19)
 (2) 伝道に派遣される
「…聖霊が、『バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさ
い。』と言われた。…」(使徒13:1〜3)
 (3)進むべき道の指示・・その例
・セルキヤへ
「ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、…」(使徒13:4)
 (4) 特別な啓示
「私はこの人が、――それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。
神はご存じです。――パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に
出すことのできないことばを聞いたことを知っています。」(コリントU12:1〜10)
 パウロの伝道はあまりにも困難であったため、このような特別な啓示が与えられたものと思
われます。
 (5) 苦難の啓示
「しかし、主はこう言われた。『行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエ
ルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。彼がわたしの名のために、どんなに苦しまな
ければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。』」(使徒9:15〜16)
「ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私
を待っていると言われることです。…」(使徒20:23、21:4、21:11)
しかしこれはやめるようにということではありませんでした。(使徒21:13〜14参照)

 3.3 聖霊のお働きに関するパウロの教え
 (1) 救いは聖霊の業である。
「聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。」(テトス3:4〜7)
 (2) 聖潔は聖霊によって与えられる。
「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。…聖潔を得させるためです。ですから、この
ことを拒む者は、人を拒むのではなく、あなたがたに聖霊をお与えになる神を拒むのです。」(テ
サロニケT4:3〜8)
「…主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたが
たを、初めから救いにお選びになったからです。」(テサロニケU2:13)
 (3) 聖霊は信者の体を神殿とし、その心に住まわれる。聖霊が居られなければ信者ではな
い。
「…キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。…」(ローマ8:9〜11)他に
 ・ガラテヤ4:3〜6
 ・コリントT3:16、6:19〜20
 ・エペソ2:22
などにこのことが書かれています。
 (4) 信者は聖霊に満たされるようにと命令されている。
「…御霊に満たされなさい。」(エペソ5:18)
 (比較:使徒2:4、4:8、4:31、6:3、6:5、7:55など)
そして聖霊に満たされることは、「神の奥義」であることが語られています。
「…神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるか
を、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の
望みのことです。…」(コロサイ1:26〜29)他に
 ・エペソ3:1〜21
などにこのことが書かれています。
 (5) 聖霊を悲しませてはいけない。
「神の聖霊を悲しませてはいけません。」(エペソ4:30)
 (6) 聖霊を消してはならない。
「御霊を消してはなりません。」(テサロニケT5:19)
御霊を消すとは、聖霊がその信者の信仰を維持する働きを一時的に止めてしまわれることに
他なりません。そのときその人の信仰は形式のみとなり、その心は不信者と同様の生き方をし
ます。
 (7) 聖霊による礼拝がなされる。
「神の御霊によって礼拝をし」(ピリピ3:3)
 (8)聖霊は祈りを助けてくださる。
「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。…御霊ご自身が、…、私たちのため
にとりなしてくださいます。」(ローマ8:26〜27)
 (9)聖霊は信者を導かれる。
「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。」(ローマ8:14)他に
 ・ガラテヤ5:16、18、25など。
 (10) 聖霊は救いを保証される。
「…またあなたがたも、…、約束の聖霊をもって証印を押されました。」(エペソ1:12〜14)他に
 ・コリントU1:22など。
 (11) 聖霊は啓示される。
 「…神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。…」(コリントT2:4〜10)
他に ・エペソ3:3〜6
   ・エペソ1:17〜19 など。
 (12) 救いに与っただけの人を"肉に属する人"と呼び、潔められた人を"御霊に属する人"と
呼んでいる。
「御霊に属する人」(コリントT3:1)
 (13) 聖霊が真の自由を与える。
「主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。」(コリントU3:17)
 (14) 聖霊に導かれて生きる人は、聖霊の実を結ぶ。
「御霊によって導かれるなら、…御霊の実は愛…」(ガラテヤ5:22〜23)
 ・比較:ローマ5:5
 (15) 聖書は人が聖霊に導かれて記したものである。
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」
(テモテU3:16)
(16) 聖霊が教会の働き人を任命される。
「あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって
買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったので
す。」(使徒20:28)

 3.4 パウロの自分に対する考え
 (1) 教会を迫害したから一番小さい者である。
「私は激しく神の教会を迫害し…」(ガラテヤ1:13)
「…すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、…」(エペソ3:7〜12)
 (2) 私の福音は聖霊の教示による。
「私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御
霊と御力の現われでした。」(コリントT2:4)
「…兄弟たちよ。私はあなたがたに知らせましょう。私が宣べ伝えた福音は、人間によるもので
はありません。私はそれを人間からは受けなかったし、また教えられもしませんでした。ただイ
エス・キリストの啓示によって受けたのです。…」(ガラテヤ1:11〜17)
 (3)私は信者の模範である。
「ですから、私はあなたがたに勧めます。どうか、私にならう者となってください。」(コリントT4:16)
 (4) 私は異邦人への使徒である。
「ペテロが割礼を受けた者への福音をゆだねられているように、私が割礼を受けない者への
福音をゆだねられていることを理解してくれました。ペテロにみわざをなして、割礼を受けた者
への使徒となさった方が、私にもみわざをなして、異邦人への使徒としてくださったのです。」(ガ
ラテヤ2:7〜9)


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