「同労者」第30号(2002年3月)                          目次に戻る

信仰良書

 − 神 へ の 道  (23) 
D.L.ムーディー 著   仙台聖泉キリスト教会 山田 大 訳

(前号より)あのヘブル人の青年は若い回心者です。今や、周りにいる全ての人々に共に神を
讃美することを呼びかけている彼の姿を想像することが出来ます。彼は同じように蛇に噛まれ
た若者を見つけると駆け寄って、「君は死ななくていいんだ」と語りかけます。するとその若者は
「僕はもうだめだ。死ぬしかない。イスラエルには僕を治せる医者なんていない」と答えます。彼
は死ぬ必要の無いことを知らないのです。「あの知らせを聞いてないのかい。神は特効薬を用
意してくださったんだよ」「どんな薬だい」「神はモーセに青銅で造った蛇を掲げるように命じら
れ、そしてその蛇を見上げた人は誰も死なない、と言われたんだ」 
私はその相手の若者のことをイメージ出来ます。彼はいわゆる知的な若者で、その若い回心
者に言います。「僕がそんなことを信じるなんて君は思わないだろ。もしイスラエルの医者達が
僕を治せないなら、どうやって旗竿の上の古い青銅の蛇が僕を治すって言うんだい」「でも僕も
君と同じくらい重症だったんだ」「そんなことわかるもんか」「いや、間違いない」「こんな驚くべき
話は今まで聞いたことが無い」その若者は言います。「是非とも君にその原理を説明してもらい
たいものだ」「説明なんて出来ない。僕が知っているのは、僕はあの蛇を見上げて、そして癒さ
れた。それだけだ。あの蛇で治ったんだ。僕の母が宿営の中で聞いたことを伝えてくれた。僕
はただ母の言うことを信じた。そして僕は完全に癒されている」
「君は僕より軽かったに違いない」
するとその回心者は袖をまくって言います。「これを見ろよ。これが僕が噛まれた傷跡さ。君の
よりむしろもっとひどい」
「もし僕がその原理を理解出来たら、その蛇を見上げてそして癒されるだろうに」「原理なんて
捨ててしまえよ。ただ見て、そして生きるんだ」「でも君は僕に非合理的なことをしろと言う。もし
神があの青銅を傷にすり込めとでも言うのだったら、もしかすると青銅の中に何か傷を治す成
分が含まれているのかも知れない、とでも思える。なあ、何かわかるように説明してくれよ」私
はこのように話す人々にしばしば出会います。
しかし回心者は別の人をその天幕に呼んで言います。「主がどのようにしてあなたを救ってくだ
さったか彼に聞かせてあげてください」するとその人はまったく同じ話をします。彼はまた別の
人々を呼びますが、彼らは皆同じことを言います。
若者はそれは非常に不思議なことだと言います。「もし主がモーセに薬草か木の根を取って来
てそれらを煮出して煎じ薬をとれとでもおっしゃるのなら、その中に何かがあるのかも知れな
い。しかしあの蛇を見れば治るなどというのは自然に反する。僕はそんなことは出来ない」
ついに宿営に出ていた母親も帰って来て言います。「お前にこの世で最高の知らせを持って来
たよ。宿営の中で、たくさんの死にかけていた人たちが今みんなまったく良くなっているのを見
たんだよ」
「僕も良くなりたいんだ」若者は言います。「死ぬことなんて考えたくない。僕だって約束の地へ
入りたいし、こんな荒野で死ぬのは絶対に嫌だ。しかし現実はその特効薬が理解出来ない。そ
れは僕の理性に合わないんだ。瞬時に癒されるなんて信じられない」こうしてその若者は彼自
身の不信仰の結果として死ぬのです。
(つづく)


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