「同労者」第31号(2002年4月)                          目次に戻る

ショートコラムねだ

 − 個 の 集 団  −


 "むたゆうじ"*1 というシンガーソングライターがいる。自らもフォークソングシンガーとして歌
ってもいるらしい。この方は熊本の人であるが、音楽活動のかたわら、特別養護老人ホームを
運営している。
もうだいぶ前のことであるが、NHKのラジオ番組にゲストとして出演し、「どうして老人ホームの
仕事をはじめたのですか。」「いやー。歌だけでは食べてゆかれなかったんですよ。」などという
やりとりが、聞き手のアナウンサーとなされていた。
その会話のはしはしから、彼は老人達をよく観察をしていることが伺えた。その中で、彼のこん
な一言が耳に残った。

"お年寄り達が集まって、大部屋で一緒に生活していても、それは決して家族ではありません。
彼らは「個の集団」です。
100人集まれば100人の個がいます。彼らは決して家族にはならないのです。"

 それを聞いたとたん、改めて"家族とは何だろうか?"と思った。
 それは"人が単に一緒に生活することではない。もちろんそれも含まれてはいるがもっと大切
なものがある"と実感した。
 一緒に生活していても「個」でしかないとは寂しいことだ。そこには心許すことのできるものど
うしが持っている交わりがない。

 家族というものを考えてみるに、まず「家族愛」というものが思い浮かぶが、それはむしろ、あ
とからついてくるもののように思われる。家族という組織が先にできるのである。最初に、神に
結びあわされた男と女がいて、子供が生まれる。それで家族が誕生する。

 家族を特徴づけているものは、「権威」である。そして財布を一つにしている。
権威者がいて、家族に属する人々がその権威に服さなければ、家族とは名ばかりで、個の集
団になる。

クリスチャンは家族であることが求められている。だからお互いを兄弟姉妹と呼ぶ。使徒の働
きにある生まれたての教会には権威者がいた。そして財布を一つにしていた。
聖泉の各教会が家族であることを、教会員が家族であることを願ってやまない。
 

*1 むた ゆうじ 本名無田雄二。昭和31年水俣市生まれ。水俣高校を卒業後、フォークシンガーを目指して福岡市
へ。帰熊後は熊本市の特別養護老人ホーム「天望庵」に勤めながら"出前コンサート"を行ってきた。これまで2枚の
アルバムを出している。熊本市在住。




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