「同労者」第71号(2005年9月)                             目次に戻る 

わかふうふわかもん

 「神からの課題に取り組むこと」
仙台聖泉キリスト教会  山田 行
 
「ですから、だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使
われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざ
に間に合うものとなるのです。」(テモテU2:21)


 夏休みも終盤になり、宿題も親が何とかかんとか手伝いながら間に合わせようとがんばって
いる今日この頃です。
今年は、6年生の娘と4年生の息子にとっては、盛りだくさんで刺激的なものになったようです。
はじめて体験することに目をキラキラさせて少し戸惑いながらチャレンジする様子は、母親とし
ては嬉しいものです。もちろんいろいろな方々の助けや、心遣いがあってのことなので、とても
感謝しています。
 親から離れての事柄が多くなり日々神の恵みと守りを熱心に祈らさせて頂きました。
子供達に夏休みの宿題(課題)チャレンジがあるように私自身にも、日曜日ごとにメッセージさ
れている、「信仰者として神に喜ばれる働きに実際にどのように動いて行かなくてはいけない
か。」という課題です。私は、自分自身とても言い訳が多い人間であることを知っていますし、で
きることならば、生活のリズムも極力乱したくないなどと、守りに徹するような者になりつつあり
ます。しかし神はそのような私の弱さにメスを入れてくださり、今しかできないことは何か?何を
一番大切にしなくてはいけないか?自分が必要とされていることとは?、神に喜ばれることは
何か、また今してはいけないこと、辞めなければいけないことなども共に考える時を与えられて
います。祈ることが中心ですが、自分だけでは分からないこともたくさんありますので、夫や両
親、教会の先生などにざっくばらんに聞くこともあります。聞く、問い合わせる、というのは、そ
の人の意見に従ってみるとうい事が伴いますが、従ってやってみることによって、自分よがりの
やり方から離れることができるのもしばしばです。このように神は私の信仰生活にポンと課題
をなげかけてくださって、頭だけの者ではなく働きが伴う、神の御胸が少しでも具体化出来る者
として、訓練していてくださることを感謝しています。まだまだ言い訳が多い時がありますが・・・
 この夏、いろいろな出来事が多くありました、良いことも、楽しいことも、困ったことも、泣きた
いことも、です。またいつも会うこと、交わることができない人達ともお会いしたり話したりするこ
ともできました。大きな地震もあり怖い思いもしました。その中で神からの課題に関係してくるこ
とが沢山あり、学ぶことが多く、また、反省することもあり日々子供達と同じく課題に取り組んで
います。


   

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