「同労者」第85号(2006年11月)
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クリスチャンは罪を犯すか
「それはすべてその通りだと思います。しかし私はクリスチャンになってからも罪を犯していま
す」と言う人もいるでしょう。しかし一体この世にクリスチャンになって以来一度も罪を犯さない 人間がいるでしょうか。皆無です。この世にクリスチャンとして生きている間、罪を犯さなかった 人あるいは二度と罪を犯さないという人は、今までもいなかったし、これからもいないでしょう。 しかし神は信仰者たちの罪のために備えをしていてくださるのです。私たちがその備えをする のではありません。神がしてくださるのです。それを心に留めておきなさい。
ヨハネの手紙第一2章1節で使徒はこう書いています「私の子どもたち。私がこれらのことを
書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯したなら、 私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストで す」。ここでヨハネは義とされた人々に対して書いています。「もしだれかが罪を犯したなら、私 たちには・・・」彼は自分自身をも含めているのです。「私たちには、御父の御前で弁護してくだ さる方があります。それは、義なるイエス・キリストです」。何と素晴らしい弁護者でしょう。キリス トは、神の裁きの座というこれ以上ない重要な場で、私たちの弁護者として立ってくださるので す。
キリストは言われました「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなた
がたにとって益なのです」(ヨハネ16:7)。キリストは私たちの大祭司となられるために去って行か れました。そして私たちの弁護者となられるためにも。弁護が困難な場合はありますが、キリス トは決して一つの失敗もなさいません。そしてもしあなたが永遠の弁護を主に委ねるなら、主は あなたを「傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせ」(ユダ24)なさるでしょ う。 |