「同労者」第88号(2007年2月)
目次に戻る
「何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地
上で解くなら、それは天においても解かれているのです。」(マタイ18:18)
今年の正月は色々な人に会ったが、他教会の役員をしているご夫婦と話す機会があった。
ご夫婦は昨年12月、私の教会を会場にして行われた「世の光みやぎクリスマス」に出席され、 特別賛美をしたミルフィーユ(仙台聖泉教会の小学生、中学生女の子3人組)に対し、「とても感 動した」と感想を述べて下さった。「…どこに感動されたのですか?」と質問すると、…ただユニ ゾンで歌って、「ぁぁ可愛かったわねぇ」で終わっていない。ハモリ、ハーモニーがあり、ちゃんと したMC(語り)があり、しっかりしたバックバンド、そして最後の曲は大人のコーラスまでついて いたこと。決して子供の賛美だと馬鹿にしないで、むしろ小さな魂のために、教会の人達が一 生懸命バックアップしている姿に感動したとのことだった。私はその話を聞いて、ああそのよう に映っているのだな、それが証しとなっているのだなと感謝した。
信仰を受け継いでいくためには、親だけが一生懸命取り組んでいればいいのではなくて、実
は教会のお兄さん、お姉さんたちがどんなに子供にとってかけがえのない存在、憧れであり、 親にとっても励まされる存在であるか、という話をある役員の方から聞いたことがある。
私自身もどれだけ、教会の、親の年齢まではいかない先輩方の姿に感化されて、それは救
いの動機となり、教会に生きることを選択しつづけた要素であったかを覚える。今回ミルフィー ユの賛美にも若い兄弟達がバックバンドとして加わった。まだ信仰が明確ではない兄弟達もい る中で、小さな魂と共演し、そして教会の一員としてバックアップしていく…
それはバックアップ(後援)した者にとっても大きな恵みである。いつの日か、子供たちがキリ
スト様の十字架によって救われることを祈りながら。そして、先月号で大宮姉が証ししたよう に、自分の能力ではなく、実は神様からの賜物によって仕えているのだということが分かること を願いながら。
新しい年を迎えて私は、信仰生活において誰と共演し、また何を後援したら良いのか、 御旨
を探りつつ歩んでいこうと思わされている。
(仙台聖泉キリスト教会 会員)
|