「同労者」第94号(2007年8月)                         目次に戻る

巻頭言
− 分科会伝道会 − 
石井 行雄

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」(テモテU4:2)


 分科会伝道会の一クラスとして「三浦綾子読書会」がスタートして2年になろうとしています。
 長谷川先生の「三浦綾子読書会」を知り、クリスチャン作家三浦綾子さんの本を通して、ひと
りでも多くの人に伝道したいとの思いで始められました。
 最初は随想集と三部作「道ありき」「この土の器をも」「光あるうちに」から学びましたが、今年
の2月から「氷点」「続氷点」から学んでいます。その中では登場人物の会話に「一生を終えて
後に残るのは、我々が集めたものではなくて、我々が与えたものである。」のように奥深いもの
があり、お互いの過失を言い争う場面もあり、私たちの人間関係や日常会話の中でも大変参
考になります。
 私がはじめて氷点を読んだのは40年も前でした。その頃は教会を離れていました。その本
の中に描かれている、もらい子であるにもかかわらず清い心をもって生きる主人公陽子が、自
分の親が殺人犯であることを知り、原罪に苦しみ、遺書を書いて自殺をはかる場面に感動し、
キリスト教に惹かれたことを覚えています。それは私が教会に帰る助けになりました。
 それから昨年末、薦められて続氷点を読みました。要点をかいつまんでお話しますと、成人
した陽子は、殺人犯の子ではありませんでしたが不義の子として生まれた自分の真の生い立
ちを知りました。自分を生んですぐ捨てた母が「赦して・・」と悲痛な訴えを陽子に投げかけたに
もかかわらず、陽子は母を赦すことができずそのことばを無視しました。しかし、流氷を見にい
った陽子は、深紅に染まる情景を目の当たりにしながら、キリストが十字架に流された血潮を
思い、神を信じる心が与えられました。「あなたがたのうちで罪のない者が最初に石を投げなさ
い。」の聖句によって、母を責めている自分の罪を知り、生みの親である母に謝罪の電話をか
ける場面で物語は終わります。その最後の場面では、氷点以上の大きな感動が与えられまし
た。
 この40年の長い年月を思う時、今まで教会は変わらず熱心に伝道の働きを進めてきまし
た。けれども以前より求道者が少なくなったという現実を認めないわけにはいきません。聖書
に書いてあるように、人々の心が冷ややかになり伝道の困難な時代ですが、希望をもっていき
たいと思います。
 2ヶ月前には、介護福祉士の女性が参加されて感謝しました。わかりやすく、楽しいクラスで
あるようにと願っています。そして一人でも多くの求道者の方に、続氷点の主人公と同じ経験を
もって頂きたいと祈っています。
(仙台聖泉キリスト教会会員)




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