「同労者」第97号(2007年11月)                          目次に戻る 

論  説

 − アビガイルに学ぶ 

「アビガイルはダビデを見るやいなや、・・ダビデの足もとにひれ伏して言った。『・・【主】は必ず
ご主人さまのために、長く続く家をお建てになるでしょう。ご主人さまは【主】の戦いを戦ってお
られるのですから、一生の間、わざわいはあなたに起こりません。たとい、人があなたを追っ
て、あなたのいのちをねらおうとしても、ご主人さまのいのちは、あなたの神、【主】によって、い
のちの袋にしまわれており、主はあなたの敵のいのちを石投げのくぼみに入れて投げつけら
れるでしょう。【主】が、あなたについて約束されたすべての良いことを、ご主人さまに成し遂
げ、あなたをイスラエルの君主に任じられたとき、むだに血を流したり、ご主人さま自身で復讐
されたりしたことが、あなたのつまずきとなり、ご主人さまの心の妨げとなりませんように。【主】
がご主人さまをしあわせにされたなら、このはしためを思い出してください。』」(サムエル記T25:
23〜31)


 聖書の学びにはいろいろあります。その中でも人物に目をとめて学ぶことは、大変有益であ
ると思います。ある人が、置かれた環境や立場、その中で何を把握し何を考え、どのように行
動したか、というようなことから、その人物像が浮かびあがってきます。そして神が、それに対し
てその人をどのように取り扱われたか、ということによって私たちは神の恵みを知ります。

 今回取り上げた人物は、ナバルという人の妻であったアビガイルという女性です。
彼女がどのようないきさつでナバルの妻となったか、そのことについて聖書はいっさい触れて
いません。ただナバルという人物が行状の悪い男であったことだけが記されています。
 彼女は、ナバルを正当に、つまり自分の夫は愚かで行状の悪い男であると評価していまし
た。しかし、彼女は夫に対して妻として相応しく仕えました。そして、その家を切り盛りしていまし
た。その家の者たちは、物事の相談を彼女にしていたことがうかがえます。
 ナバルがダビデの使者を追い返したことを若者が彼女に告げたとき、それはその家の危機
でした。彼女はその緊急事態であることを即座に察知し、それを防ぐ行動をとりました。贈り物
を持ってダビデを迎えに出たのです。
 ダビデにあって語った彼女のことばの一部を冒頭に引用しました。彼女がイスラエルがどうな
っていくか、その中でダビデが果たす役割、そのためにダビデがどうあらなければならないか、
といったことを把握していました。彼女のすすめはダビデにとって非常に重要なことでした。ダ
ビデはそれを受け入れ、王となったとき障害となったであろうことを回避できました。
 ナバルが死んで、ダビデが妻としてむかえたい、と申し出たときのアビガイルの回答はこうで
した。「まあ。このはしためは、ご主人さまのしもべたちの足を洗う女奴隷となりましょう。」(サムエ
ル記T25:41)
これが彼女の姿勢でした。その後聖書は彼女について、ダビデの次男ダニエルの母であるこ
とを告げているのみで、何も語ってはいませんが、きっと彼女はダビデにとって隠れた助け手
であったことでしょう。聖書学者たちは口をそろえて、アビガイルの息子ダニエルは、芳しくない
ことの多かったダビデの息子達の中にあって、問題を起こさずひとり静かに自分の道を行った
ことを、母アビガイルの影響であろうとのべています。
「【主】がご主人さまをしあわせにされたなら、このはしためを思い出してください。」(サムエル記T
25:31)との願いを神がよしとされたのであることを疑いません。
 アビガイルは女性でありますから、特にクリスチャンの女性たちにとって学ぶべき人物であり
ます。



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