「同労者」第57号(2004年7月) 一度は原書を読みたい本に進む 目次に戻る トップに戻る

JSF&OBの部屋

   − 今 僕 に で き る こ と − 
                仙台教会  石井 勝
 
 現在、教会の中で様々なご奉仕をしています。その中でも、特に教会の掃除は一番長くやっ
ているご奉仕です。どれ位かといいますと、僕は、それを小学校四年生から始めた(うちの教
会では、中学一年生になると教会掃除のご奉仕をしはじめるのですが、僕がなぜその学年か
らはじめたかは、未だに謎です・・)ので、今年で10年目に入りました。しかも、会堂掃除一
筋!です。本当にこんなに長く続けられて、今も変わらず携われていることに感謝したいと思い
ます。
 始めた頃は、同じ年の友幸兄と先輩達とで大体3人位でやっていた時が多かったと思いま
す。小学生の間は会堂の椅子を友幸兄と半分ずつ雑巾で拭く仕事をしていました。(掃除機や
椅子並べといった少し難しい仕事は未だやらせてもらえませんでした。)与えられた仕事はそ
れだけでしたが、その頃にとってはそれをこなすのも一苦労だったと思います。
 そして、中学生になり、中学校(高校も)が教会から近かったので、木曜日、学校が終わると
祈祷会の為の会堂掃除もするようになりました。始めのうちは先生とやっていましたが、掃除
機や椅子並べの仕事もだんだんと覚えてきて、一人で任せられるようになりました。
その頃のエピソードを一つ言いますと、冬の日の夕方に、暗い中で一人で掃除をしていて、ふ
と後ろを振り返って見ると、人影のような物が横切っていくという、とても怖い体験をしたことが
ありました。恐らく暗い中、一人で掃除するのが怖かったので、そう見えたのだとおもいます。
そんな中でも一生懸命やっていました。一人でやる事によって会堂掃除に対する責任感が芽
生え始めたのもその頃だと思います。
 高校生になると、今度は中学生になった後輩達に掃除を教えることが始まりました。正直、
人に物を教える事が得意じゃなかったので、自分の思いがなかなか伝わらず苦労しました。し
かし、もう一度、会堂掃除の重要さや後輩たちのことを考えると、もう一度取り組んでいかなく
てはいけないと感じました。後輩たちもだんだん上手にできるようになってきました。早く一人に
なっても出来るようになってほしいです。そして、責任感はもちろんですが、「自分が掃除した会
堂で集会が出来る!」といった喜びをもってやって欲しいと思います。僕自身も後輩たちがそう
なれるように、一生懸命教え続けたいと思います。
それが今僕に出来ることだと思います。




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