「同労者」第58号(2004年8月)     信仰良書に進む  目次に戻る  教会通信に戻る

わかふうふわかもん

 生 き た 神 の 証 し 人 
                 仙台教会 山田 行
 
「私の心が、衰え果てるとき、私は地の果てから、あなたに呼ばわります。どうか、私の及びが
たいほど高い岩の上に、私を導いてください。」(詩篇61:2)


 7月は森田咲子姉妹(山本盡子先生のお母さん)の昇天した月です。姉妹の愛唱歌、賛美歌
「めぐみのたかねを」を礼拝の奏楽に弾かせていただきました。
娘の盡子先生のお母さんの闘病生活のとき2人で気分転換に近くのお風呂屋さんへ行ったの
ですが救急車のサイレンが聞こえると泣きそうな悲しそうな顔をしておびえている姿は、今も忘
れることが出来ません。お母さんの苦しさを共に背負っている先生の姿を近くにいた私は、見
ているだけで何も言葉がかけられなかったのでした。
 最愛の母親が辛い病の中で少しずつ弱り、天にお返しいなければいけない時を待つという大
きな試練は若い先生にとってどんなにつらいのだろうか・・・
あまりに壮絶で、その時はそばで共に泣くことしか出来ませんでした。
咲子姉妹が天に帰った時、先生やその御家族がこのような大きな悲しみをどのように乗り越え
ていくのか、どうしたら立ち直るのだろうかと思いました。
 しかし神様に寄りすがり、人の慰めではなく神様に涙をぬぐっていただき、手をとって立ち上
がらせていただきながらまた歩き始める姿。そして天国を感謝し、神様の十字架の愛に又もひ
れ伏す姿でした。
 年を取るにつれて盡子先生が益々咲子姉妹に似てきて笑ってしまうことがあります。盡子先
生のお兄さんの心兄弟もそうなのですから・・・
 でもご本人達は嬉しいかどうかはわかりませんが、近くで見ている私たちは、本当に咲子姉
妹の祈る姿や、けらけらと明るく笑うしぐさ、安定した、うしろ姿(笑)とても厳しい姿など思い出
させてもらいます。そして姉妹が沢山残してくれた生きた神の証し人としての愛を、その子供達
が同じように生き生きと証している姿は、私は感動と神様のなさる幸いに涙があふれました。


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