「同労者」第61号(2004年11月)          JSF&OBの部屋に進む   目次に戻る 
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三浦綾子を読む
(6)
− 銃  口 −
東京ミレニアム・チャーチ 牧師  長谷川 与志充
 
 前々回は処女作である「氷点」を、前回はその続編である「続氷点」を取り上げさせていただ
きましたが、今回は三浦綾子氏の最後の長編小説となった「銃口」を紹介させていただきたい
と思います。
 この作品のあとがきで三浦綾子氏は、この作品を編集者から「昭和を背景に神と人間を書い
てほしい」と言われ、そのようなテーマで書き上げたことを明らかにしています。しかし、この作
品に限らず三浦文学というものは、この「昭和」という時代を背景として書かれていると言える
でしょう。
それは、彼女がまさに「昭和」という時代を生き抜き、その中で時代を超えた「永遠」のものを
見つけ出し、それを証しせずにはいられない者とされたからに他なりません。
 このことはすでに取り上げた彼女の自伝「道ありき」に詳しく記されています。彼女は戦前、
軍国主義的な思想の下に生徒達を天皇陛下のために死ねる人間として育てる愛国的教師で
した。しかし、敗戦という出来事を通して、彼女は信じ切っていたものが全く信じるに値するもの
ではないことを悟るようになります。そして、戦後は何ものも信じることができない虚無的な存
在となってしまい、実に退廃的な生き方をするに至ります。そんな中、彼女はクリスチャンであ
る幼馴染みの前川正と再会し、彼の中に戦前、戦後を超えた永遠の光を見い出すようになっ
たのです。そして、彼女はその永遠の光であるキリストを信じ、そのキリストを宣べ伝える人へ
と変えられていきます。彼女は自らが文学を通してなしていることは「伝道」であると公言してい
ますが、それは昭和の軍国主事的な戦前と退廃的な戦後を超えたキリストを信じて歩む生き
方というものを是非とも証ししたいという彼女の実に強烈で率直な告白なのです。
 まず、この作品は誰が読んでも昭和の戦前に対する強烈な否を叫んでいるものであることが
わかります。主人公北森竜太の上官だった山田曹長が、主人公に対し手紙でこのように語り
かけています。
「何としても戦争はしてはならん。人間は武器を取ってはならんのだ。自分自身、武
器を持っていた者として、痛感してならない。」この言葉は軍国的教育を行い、教え子を戦争で
殺してしまった体験を持つ三浦綾子氏の正に叫びと言えるのではないでしょうか。
 それと共に、三浦綾子氏は戦後の退廃的生活に対しても否を叫んでいます。主人公が戦後
虚無的な思いに沈みそうになった時、彼はある出来事を通して再び真剣に生きることを願い、
恋人の通っている教会に行くことを決意し、このように彼女に語ります。
「キリスト教の神というのは、自分の想像を超えた、とてつもなく存在のようで、すべてを委せて
みたいと思うようになった。」これもまた、恋人である前川正氏によって退廃的生活から救い出
された三浦綾子氏の心からの真実の告白だと言えるでしょう。


 
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