同労者

キリスト教—信徒の志す—

Q&Aルーム

 信仰生活のこと、教理上の疑問など様々なことについて、誰かに聞いてみたいことがおきてくると思います。教会の先生に伺うことは勿論一番ですが、それを独り占めしないで、すこし公開してください。それを皆で考えると、きっと皆さんにとって益になると思います。送付先は巻末にあります。

<イエス・キリストの復活>

先月の質問
イエス・キリストの復活について考えましょう。
・・イエス・キリストの復活の重要性を聖書によって述べて下さい。(つづき)
回答例(作成者:野澤)
 また、R.A.トーレイが「聖書の教え」に整理した記述を参照させていただきます。

5.イエス・キリストの復活(つづき)
5.2 イエス・キリストの復活の重要性

(2) イエス・キリストの復活ということは、使徒たちの証言の一番顕著で、主要な点であった。

「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。」
(コリント人への手紙第一 15:3〜5)

(3) イエス・キリストの復活は、福音の2大根本真理の一つである。今日の伝道者たちには、十字架の福音だけを説いている者が多いが、使徒たちはそれと同様に、復活を説いたのである。
 キリストの十字架は、復活がなかったら意義を失います。復活のないキリストの死は、単に崇高な殉教者の死に過ぎません。復活を伴うとき、イエスの十字架は神の子の贖いの死となり、その死が私たちの罪を全く覆うのに十分な価値を持つのです。なぜなら、それは神の子の犠牲であるからです。それによって、私たちは、最暗黒の罪から贖われていることを知ることがでる、その根拠を提供します。例え、自分の罪が最も高い山のようであっても、キリストの犠牲はもっと高い天のようにそれを覆い、自分の罪が大洋のように深くても、イエスの贖いは永遠の深さをもって罪を呑み込んでしまいます。

(4) イエス・キリストの復活を否定すれば、クリスチャンの信仰は空しいものとなる。

「キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。・・・もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。」
(コリント人への手紙第一 15:14〜17)
 実際にキリストはよみがえられたので、クリスチャンは信仰とその伝道についての、攻撃されない確固たる事実を有しているのです。

(5) イエス・キリストの復活の教えは、それを真心で信じる人々を、ことごとく救う力を持っている。

「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」
(ローマ人への手紙 10:9〜10)

(6) イエス・キリストの復活の力を知ることは、賢明な信者の最高の望みの一つである。それを得るためには、信者は凡ての物を犠牲にし、この世に属する凡ての物を拒否すべきである。

「私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。」
(ピリピ人への手紙 3:8〜10)

<今月の質問>
イエス・キリストの復活について考えましょう。
・・イエス・キリストの復活の後の姿(その特徴など)を聖書によって述べて下さい。(つづきを)

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