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キリスト教—信徒の志す—

読者の広場 <お便り>

— あしゅらむ会予稿から(2) —

十文字 隆男

あしゅらむ会 2008年5月10日(土)
製作日 2008年4月3日(木)
旧約聖書 エズラ記 第一章

 エズラはアロンの家系から出たユダヤ人で、エルサレムが攻略されたときバビロンに連れていかれた祭司のかしらの子孫でした。本書は前半(1〜6章)と後半(7〜10章)に分けられます。
 1章のタイトルは『神の約束の実現』です。天の父は常にご自分の契約を心に留めて下さいます。主はクロス王の霊を、そして民の霊を奮い立たされました。私たちの心は天の父の心をなんとはっきり感じ取れることでしょう。
 主が「クロスの霊を奮い立たせた(moved heart)」(エズラ記 1:1)ので、クロスは神殿を再建せよとの命令を出し、「神にその霊を奮い立たされた者は」(同 1:5)それを行うために立ち上がりました。周囲の人々は捧げものによって彼らを「力づけ(assisted)」(同 1:6)ました。これらの箇所に赤線をひきたいです。聖書をみると、もうすでに無意識のうちに赤線を引いておりました。
 1節の「ペルシャの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことば」とは、エレミヤ記29:10「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、・・・、あなたがたをこの所に帰らせる」のことで、70年の捕囚期間のことです。(BC606〜536)
「主はペルシャの王クロスの霊を奮い立たせた」は、イザヤ書44:28「わたしはクロスに向かっては、『わたしの牧者、わたしの望む事をみな成し遂げる』と言う」ことです。聖書ハンドブックを見るとわかります。
 テーマ『奮い立って』。
 エズラ7:28に「私は奮い立って」とあります。ヨエル3:9〜11に「聖戦をふれよ。勇士たちを奮い立たせよ。」というみことばがあります。「ミクタムバイブルソング、ワーシップソング」全182曲の楽譜の合本「プレイズ&ワーシップ」の「インマヌエル」というCDの114に、「聖戦をふれよ」というワーシップソングがあります。ヨエル3:19〜11の御ことばをそのまま曲にして、「よわーいものにーわたしは勇士だといわせよ」という歌詞です。今ミレニアム・チャーチお茶の水でも、ワーシップソングに同じものがあり、のりのり賛美しています。
 「弱い者に『私は勇士だ』と言わせよ。」ということは、ヨエル3:9「弱い者」が「私は勇士だ」と言うことです。もう少し分かり易く言うと、「弱い」を「弱さ」とおきかえて、この「弱さ」を新約聖書の中からさがしてみましょう。Ⅱコリント19:2にみつかります。「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れる・・」。この「弱」さです。パウロが、このシートでは、書ききれない程激しい激しい激しい苦しみの中で告白した信仰告白です。パウロは、大宣教命令に従順で、てんかんがおこったり、片方の目が見えなかったりしたのではないかと思われています。「重要介護者」です。誰かとなりにはげしく苦しんでいる人が見つかると、このみことばが心を打ちます。つまり「弱い者に『私は勇士だ』と言わせよ」(=「霊を奮い立たせ」=「霊が奮い立って」)とは、「わたしの力は弱さのうちに完全に現れる(made perfect)」(コリントⅡ 12:9)と同じことです。同じ信仰告白をすることです。
 では、もっと具体的に言いますね。
「生まれつきの弱さ(例えば、胃弱とか、心の病い(うつ病、失調症など)とか、花粉症(けっこうきつい)とか、心臓の病いとか、パーキンソン病とか)を感じなかったら、私たちは、イエスに「助けて下さい」と単純、純粋に祈りません。祈り、応えられ、あるいは応えられない形で応えられ、「恵みの力」を知らされます。肉体のトゲ(病気など)によって、私たちは、イエスに単純、純粋に一直線に、何の飾りもなく、「助けて下さい」と祈り、叫びます。
(最近、本田美奈子さんの放送をダビングしました。(総合テレビ)美奈子さんは、イエスを知らないのですが、血を吐きながら、自分の歌詞を作ってくれた「お母さん」の為に、歌にしてVoice Letter にして、励ますのです。)
 わたしたちの祈りは、不思議な形で、一直線に「肉体のとげ」(病気)(宣教の試練)が取り去られる場合もあります。あるいは、「弱さのまま、肉体のとげがとりさられず、残される場合もあります。パウロの「肉体のとげ」(目の病気、てんかん?)は、この時「取り去られず、残されて」いますね。この残されるとげも、また恵みです。本当に、とてもとてもとてもつらいですけど、恵みです。三浦綾子さんのパーキンソン病も、マリナさんの脳障害「マリナと千冊の絵本、いのちのことば社刊」も残されるとげ、恵みです。うつ病は病理学的に完治します。
 天の父の恵みは、ひとりひとりにとって「十分です」。つらくても、そう考えましょう。ここ北本(自分の住んでいる所)の空で、一羽のすずめが飛んできます。この鳥は、イスラエルの空も中国の空もとんでいいんですよね。家庭集会の家の入口の小さな鉢の中に、めだかが泳いでます。この魚は、塩分がなければ地中海でも紅海でも泳いでもいいくらい、恵みが与えられてますね。祈って、主の力が注がれ、無視にすぎない私たちは、アンデス山脈を打ち破る程の力を得ます。無に等しい私たちが、ゴリアテを束にしても、打ち破る力を得ます。自分自身の努力よりも、「助けてください」とイエスに祈って、ゆだねていく時、自分自身の百万倍の神の力を持てます。
 私たちは、見かけによらず弱いにしても、イエスによって何でもできます(コリント人への手紙第二13:8)「真理(イエス)のためなら何でもできます。」と、その弱さの中でさけびましょう。いっしょに、一瞬一瞬さけびましょう。アーメン。
 このシートを愛してくれている長谷川与志充先生、松村カズさん、池川トヨさん、お茶の水ミレニアム・チャーチのケイちゃん、ミキさん、ヒロさん、ケンちゃんにささげます。あと原ひろ子さんとマリナさん(前掲書)にささげます。おっと、潤ちゃん、千ちゃんにも。

(東京ミレニアムチャーチ 会員)

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