同労者

キリスト教—信徒の志す—

JSF&OBの部屋

— 共に喜ぶという真理 —

石井 和幸

「幸いなことよ。すべて主を恐れ、主の道を歩む者は。あなたは、自分の手の勤労の実を食べるとき、幸福で、しあわせであろう。あなたの妻は、あなたの家の奥にいて、豊かに実を結ぶぶどゔの木のようだ。あなたの子らは、あなたの食卓を囲んで、オリーブの木を囲む若木のようだ。見よ、主を恐れる人は、確かに、このように祝福を受ける。」
(詩篇128:1〜4)
「もしひとつの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。」
(コリント人への手紙第一 12:26〜27)

 今年のゴールデンウィーク、私は結婚して初めて過ごす時であり、夫婦で、また様々な方々と楽しく幸いな時が持てたことを神様に感謝しております。
 5月3日(土)のこと、家内はその日午後から教会掃除の奉仕がありました。私は、祝日で普段土曜日に行っている用事もないことだし、午後から仙台で行われる楽天イーグルスの試合を是非観たいと、思いを膨らませました。けれども迷いました。家内が教会で奉仕をしているのに、自分だけやりたい事をして、果たしてそれで気持ちいいものか・・・。結局、私は床屋に行ったり、買い物をして明日の準備をすることにしました。・・楽天イーグルスの試合は、家内と一緒に5月6日に観に行きました。やはり自分だけじゃなく、家族がいるからこそ観戦も楽しめるものだと痛感しました。
 5月4日、5日と私の教会でキャンプ(修養会)がありました。子供から大人まで、クリスチャンホームの家族同士が主にあって交わり、良き学びと恵みの時となりました。夫婦共々、牧師先生や教会の方々とたっぷりお話をしたり、一緒に温泉に入ったりできたこと、また、レクリェーションの運動会を家族ぐるみで準備、運営する斉藤さんご一家の姿がとても印象に残りました。
同労者4月号の巻頭言にて野澤兄が、自分が救われた母教会にいつづけて、その教会の建設に携わる恵みを証ししておられましたが、このことについて、他教会のある方から、「仙台聖泉教会は、他の土地に行かずに母教会に残る、というルールがあるのですか?」という質問をされました。
 私は「ルールというよりも、真理として選び取り、そこに生き続けている」と答えました。…転勤やその他の理由で他の土地に移り、転会された信徒もいました。神様の示しをどのように捉えるかは人それぞれかもしれません。けれども今、(私が属する)教会を建て上げている信徒は、この教会でクリスチャンホームを築くことを神様から示された最善と信じて、そこに活かされてきた人達なのです。信仰の営みも、一人よりも二人、いや4人、いや一家族、二家族と増えていくほうがいいでしょう。私は教会キャンプにて、困難も喜びも家族一緒に担い、分かち合っていこうとする姿をみてきました。このゴールデンウィークも、神様が与えて下さった恵みは、一人ないし夫婦だけで過ごす場合よりもかなり大きいと信じています・・・私はそう答えました。「ルールというよりも、構築された真理である。」と答えても良かったかな・・・と今になって思います。
 私はクリスチャンである父親から、神様は信仰者に対し、それに相応しく喜び、楽しみを与えて下さると、子供のときに教えられました。それは酒や煙草を必要としない楽しみであり、教会においての交わりにおいて与えられる楽しみでありました。父は、教会野球部の監督としての姿、またギターで讃美をすることが好きな姿、教会の旅行会で夜中でもマイクロバスを運転する姿・・・さまざまな姿を通して私に主にある喜びを伝えようとしていました。今私は家庭が与えられ、今度は新たに与えられて行く家族に神様の恵みと導きを伝える者として召されているのです。
今年のゴールデンウイークで覚えることができたのは、神様から与えられた喜びと労苦を、家族バラバラではなく、共に受け取ることができる真理です。
(仙台聖泉キリスト教会 会員)

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