同労者

キリスト教—信徒の志す—

読者の広場 <お便り>

— 東京ミレニアム・チャーチ・アシュラム会より —

十文字 隆男

製作日 2008年11月3日(月)
お茶の水CLC4F国際ナビゲーター室より
聖書の箇所:旧約聖書 詩篇 第94篇[PSALMS 94]
テーマ:『ご自分の民をお見捨てにならない神』[The Lord will never forsake his inheritance.]

 九月の上旬から十月下旬まで、うつ病による希死状態とひきこもりが毎日続きました。入院することも考え、予約を入れてもらいながら、毎日2時間の点滴を打ち続けました。食事がとれない日が、5、6日はありました。
 その中で、私の尊敬するクリスチャンで、「父の学校」の事務局スタッフのIさんは、毎日私を見舞いにきて下さり、食べ物や菓子を買っておいていってくださったり、自宅まで私を運んで、祈って下さったり、「いやしのミニストリー」のご夫妻の家まで連れて行って下さり、4時間も時をとってもらって、その「ミニストリー」を受けさせて下さいました。
 また「父の学校」のスタッフのTA先生は、「シャローム治療室」で鍼の専門で、そこで、手あつい治療をたびたびして頂きました。また基礎体温が異常に低いので、I兄弟とTA先生は、私に湯たんぽを使うよう勧めて下さいました。効果はばつぐんのものでした。  またひきこもりのため、弱っている私をrefreshさせるため、Iさんは「VIPアルファコース表参道」のクリスチャン方の交わりに連れ出して下さいました。
 また一面識もない「父の学校」の奉仕者のTAさんは、わざわざ神奈川県から高崎線、そしてタクシーとのりついで、自宅まで来て下さり、私を「いやしの集会」に連れていってくださいました。
 また、私を主に導いて下さったMA先生は、すごく多忙な中、自宅にきて下さり、祈って下さったり、電話で色々アドバイスを下さいました。
 そういう中で、10月25日(土)、主ははっきりと私にいやしを与えて下さいました。主と主がお遣わしになられている兄弟姉妹に再び感謝いたします。

 さて、この94篇の詩篇は、93篇1節から94篇5節まで、「すべてを支配する神」、94篇6節から23節までは「悪を行う者に対する私たちの避け所である主」の2つに分解されるべきものです。
 この94篇の中で、私が一番大切にしていて、霊的力が与えられてくる御言は、14節の「まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民をお見捨てにはなりません。」"For the Lord will not reject his peole; he will never forsake his inheritance." という御言です。
 この御言をみるとヨシュア記[JOSHUA]1章の5節を思い出さずにはいられません。「あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」"I will be with you; I will never leave you or forsake you." という御言です。
 B.F.バックストンの「詩篇の霊的思想」を読めばわかるのですが、第93篇から第99篇までが、ひとくくりとなっています。93篇1節 ——— 「主は王となり、」97篇1節「主は王となられた。」99篇1節「主は王となられた。」みな同じことばで始まっているのです。
 私は、24歳の時、公立中学校の英語教師をしておりましたが、MA先生はいつも授業の始まるたび、終わるたび、真剣に祈っているのです。その敬虔な姿を見させて頂いて、その年の冬に受洗の決意をさせて頂きました。MA先生みたいな人になれたら幸いだなあと思う、その一点だけで、受洗を決意したのです。その年の冬、青年向けの Religious Convention 大会がアメリカであり、ある人が私に「もし信仰がぐらつくようなことがあったら、この御言を必ず思い出して下さい」と親切に言ってくれました。その御言は「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない。」"Never will I leave you; never will forsake you."という御言でした。聖書を読み進めるようになってから、その御言は、ヘブル人への手紙[HEBREWS]13章5節の御言であることがわかりました。うつ病で入院し、2ヶ月も3ヶ月もおカユさえ食べられない時、この御言が私を支えてくれました。不眠症が10日も20日も続く時、この御言が私を支えてくれました。力尽きて、衣服の着脱ができない時にも、この御言が私を支えてくれました。
 聖歌の中に488番HOMER A.RODEHEAVERの作の「友という友」という歌があります。2番目に「試みふせぐ力のなき時、—祈る声もなく地にひれふす時、——恵み深き主は、深く理解し、——その御腕を伸べ、力づけ給わん。」という歌です。英語のタイトルは、"Somebody knows when your heart aches" というタイトルです。ここで「捨てる」に当たるギリシャ語は、「後ろに残しておく」という合成語が元になっています。戦友たちを危険にさらしたまま、あとに残しておくという意味です。
 ウェストコットも次のように解釈しています。「わたしは決してあなたを置き去りにしたり、戦場や苦しみの場所に放っておくようなことはしない。わたしは決してあなたを強くつかんでいるわたしの手を放したり、ゆるめたりしない。」と。
 約束はすべて自分にあてはめて解釈すべきです。神がヨシュアという一人の聖徒に語られたことは、私自身に語られたのです。神がある聖徒のために泉を開かれたなら、それは、私自身に飲ませるためなのです。
 聖書のすべての約束は、恵みの御手がそれらを私自身に適用して下さらなければ役に立ちません。私はひどく渇いている。しかし、泉のある所まで行くには余りにも弱り果てている。私は「この世」という戦場で傷ついた時、病院に傷口をほうたいしてくれる人々がいて、苦しみを和らげる薬があるとわかっていても、そのこと自体は何の役にも立たない。そこまで運ばれて手当を受けることが私自身に必要なのである。だからこそ、主ご自身が私自身に近づき、主のいやしと平安を私自身に注いで下さる。
 これが、「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」という意味なのである。無力な者に凡てを備え、ご自身が近づいて下さる。この主に、とこしえに、「力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美」(黙示5:12)がありますように。アーメン。
 このシートを、かけがえのない二人の息子、信悟と司、池川豊吉兄、松村千正ご夫妻、石黒悦夫お父さん、長谷川与志充先生ご夫妻、石川栄一先生ご夫妻、高橋羊吾ご夫妻、高橋俊潤・千花宣教師、ミレニアム・チャーチの猪爪姉、床枝姉、土屋兄、大熊兄、大西さん、原ひろこさんとマリナさん、大和カルヴァリチャペルの大川従道先生ご夫妻、滝山博行ご夫妻、広山国臣ご夫妻、山崎洋一ご夫妻、小泉金次郎ご夫妻、キム・ソンスご夫妻、そして「父の学校」の奉仕者凡てに、愛をこめて捧げさせて頂きます。

(東京ミレニアムチャーチ 会員)

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