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キリスト教—信徒の志す—

Q&Aルーム

 信仰生活のこと、教理上の疑問など様々なことについて、誰かに聞いてみたいことがおきてくると思います。教会の先生に伺うことは勿論一番ですが、それを独り占めしないで、すこし公開してください。それを皆で考えると、きっと皆さんにとって益になると思います。送付先は巻末にあります。

<イエス・キリストの昇天>

先月の質問は、 イエス・キリストの昇天について考えましょう。
・・イエス・キリストの昇天が事実であること、イエスはどのような様子で昇天されたかを聖書によって述べて下さい。
でした。
回答例(作成者:野澤)
 また、R.A.トーレイが「聖書の教え」に整理した記述を参照させていただきます。

1.イエス・キリストの昇天の事実

(1) イエス・キリストは高く上り、天に受け入れられて、神の右に座られた。

「そこで、こう言われています。『高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。』」(エペソ 4:8)
「こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。」(使徒 1:9)
「そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。」(ルカ 24:51)
「しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、」(ヘブル 10:12)
 聖書は、イエスが昇天され、神の玉座の右に座られたとこを明確に述べています。

1.イエス・キリストの昇天の様子

(1) イエス・キリストは弟子たちの目の前で天に上げられ、天に受け入れられて、その姿が見えなくなった。

「そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。」(ルカ 24:51)
「こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。『ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見た・・・』」(使徒 1:9-10)

(2) イエス・キリストは、世界の存在しなかった以前に、父と共に持っておられた栄光により父と共に崇められた。

「父よ、みそばで、わたしを栄光で輝かせてください。世界が存在する前に、ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。」(ヨハネ 17:5)

(3) イエス・キリストはすべての天よりも高くされた。

「また、このようにきよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、また、天よりも高くされた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。」(ヘブル 7:26)

(4) イエス・キリストは今、神の右に座しておられる。

「神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、」(エペソ 1:20)
「こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。」(コロサイ 3:1)
 質問 —— これは、文字通りその座があるものと考えるべきか、それとも権力の象徴的表現と考えるべきものであるか?
 回答 —— 「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、 こう言った。『見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。』」(使徒 7:55-56)
 神はどこにでもおられる(遍在の)お方ですが、特別のご臨在をもって、特定の場所にいることができるお方です。ですから、神は特別の一箇所に住まわれて、その他の場所には住んでおられないということができます。そういう意味で、イエス・キリストは神の右の場所に座しておられるのです。
 つまりステパノが見たとおり、文字通りにその座があると考えるべきです。

<今月の質問>
イエス・キリストの昇天について考えましょう。
・・イエス・キリストの昇天が事実であること、イエスはどのような様子で昇天されたかを聖書によって述べて下さい。(つづきを)

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