論説
— 創世記27章 ー
<聖書を読みましょう>
「イサクは年をとり、視力が衰えてよく見えなくなったとき、長男のエサウを呼び寄せて彼に「息子よ」と言った。すると彼は、「はい。ここにいます」と答えた。イサクは言った。「見なさい。私は年老いて、いつ死ぬかわからない。 だから今、おまえの道具の矢筒と弓を取って、野に出て行き、私のために獲物をしとめて来てくれないか。そして私の好きなおいしい料理を作り、ここに持って来て私に食べさせておくれ。私が死ぬ前に、私自身が、おまえを祝福できるために。」」(創世記 27:1-4)
エサウは創世記25章のところで、長子の権をヤコブに売ってしまっていました。ですから、イサクはヤコブを祝福して世を去るべきだったのです。しかし彼はそれを考えていませんでした。その結果冒頭のみことばに書かれている命令をエサウに与えました。この直前の記事に、「エサウは四十歳になって、ヒッタイト人ベエリの娘ユディトと、ヒッタイト人エロンの娘バセマテを妻に迎えた。」(創世記 26:34))と書かれていますから、このときイサクが百歳、ヤコブとエサウが四十歳だったと考えていいでしょう。
これを聞いたリベカは納得できませんでした。イサクが祝福すると言っているのは、「長子の祝福」を与える意味ですから。
それで彼女は躊躇(ためら)うヤコブを説得して、エサウのふりをさせ、イサクにヤコブを・・・エサウとして・・・祝福させました。
「そこでイサクはヤコブに言った。「近くに寄ってくれ。わが子よ。私は、おまえがほんとうにわが子エサウであるかどうか、おまえにさわってみたい。」ヤコブが父イサクに近寄ると、イサクは彼にさわり、そして言った。「声はヤコブの声だが、手はエサウの手だ。」ヤコブの手が、兄エサウの手のように毛深かったので、イサクには見分けがつかなかった。それでイサクは彼を祝福しようとしたが、「ほんとうにおまえは、わが子エサウだね」と尋ねた。すると答えた。「私です。」そこでイサクは言った。「私のところに持って来なさい。私自身がおまえを祝福するために、わが子の獲物を食べたいものだ。」そこでヤコブが持って来ると、イサクはそれを食べた。またぶどう酒を持って来ると、それも飲んだ。父イサクはヤコブに、「わが子よ。近寄って私に口づけしてくれ」と言ったので、ヤコブは近づいて、彼に口づけした。イサクは、ヤコブの着物のかおりをかぎ、彼を祝福して言った。「ああ、わが子のかおり。主が祝福された野のかおりのようだ。神がおまえに天の露と地の肥沃、豊かな穀物と新しいぶどう酒をお与えになるように。 国々の民はおまえに仕え、国民はおまえを伏し拝み、おまえは兄弟たちの主となり、おまえの母の子らがおまえを伏し拝むように。おまえをのろう者はのろわれ、おまえを祝福する者は祝福されるように。」(創世記 27:21-29)
そのあとすぐエサウがイサクの好む野のけものの料理を持ってきました。種類が書かれていませんがおいしいのは鹿の肉と思われているようです。
「すると父イサクは彼に尋ねた。「おまえはだれだ。」彼は答えた。「私はあなたの子、長男のエサウです。」イサクは激しく身震いして言った。「では、いったい、あれはだれだったのか。獲物をしとめて、私のところに持って来たのは。おまえが来る前に、私はみな食べて、彼を祝福してしまった。それゆえ、彼は祝福されよう。」エサウは父のことばを聞くと、大声で泣き叫び、ひどく痛み悲しんで父に言った。「私を、お父さん、私も祝福してください。」 父は言った。「おまえの弟が来て、だましたのだ。そしておまえの祝福を横取りしてしまったのだ。」エサウは言った。「彼の名がヤコブというのも、このためか。二度までも私を押しのけてしまって。私の長子の権利を奪い取り、今また、私の祝福を奪い取ってしまった。」また言った。「あなたは私のために祝福を残してはおかれなかったのですか。」イサクは答えてエサウに言った。「ああ、私は彼をおまえの主とし、彼のすべての兄弟を、しもべとして彼に与えた。また穀物と新しいぶどう酒で彼を養うようにした。それで、わが子よ。おまえのために、私はいったい何ができようか。」エサウは父に言った。「お父さん。祝福は一つしかないのですか。お父さん。私を、私をも祝福してください。」エサウは声をあげて泣いた。 父イサクは答えて彼に言った。「見よ。おまえの住む所では、地は肥えることなく、上から天の露もない。おまえはおのれの剣によって生き、おまえの弟に仕えることになる。おまえが奮い立つならば、おまえは彼のくびきを自分の首から解き捨てるであろう。」(創世記 27:32-40)
父イサクをだまして受けた祝福なのにそれは変えられないとイサクは言いました。不思議な感じがしますが、後にギブオン人たちがヨシュアをだまして結んだ盟約は変えられることがなかったのと同じでしょうか。
怒ったエサウは「ヤコブを殺してやる」と思い、それが周りひとびとに伝わっています。「エサウは、父がヤコブを祝福したあの祝福のことでヤコブを恨んだ。それでエサウは心の中で言った。「父の喪の日も近づいている。そのとき、弟ヤコブを殺してやろう。」(創世記 27:41)
リベカは恐れてヤコブを逃亡させました。
「 兄エサウの言ったことがリベカに伝えられると、彼女は使いをやり、弟ヤコブを呼び寄せて言った。「よく聞きなさい。兄さんのエサウはあなたを殺してうっぷんを晴らそうとしています。 だからわが子よ。今、私の言うことを聞いて、すぐ立って、ハランへ、私の兄ラバンのところへ逃げなさい。 兄さんの憤りがおさまるまで、しばらくラバンのところにとどまっていなさい。 」
(創世記 27:42-44)
「あなたののろいは私が受けます。」(創世記 27:13)とリベカはいいました。
彼女はそのあと死ぬまでヤコブに会う事が無く、エサウの妻たちのために「死にたい」という日々を迎えることになりました。(創世記 27:46)