同労者

キリスト教—信徒の志す—

回心物語

— ロドニー・"ジプシー"・スミス -<神の伝道者> —


<本コラムは「野の声|木田惠嗣のホームページ:40人の美しい回心物語:
("40 FASCINATING Conversion STORIES" compiled by SAMUEL FISK (Kregel Publications)の中から、適宜選んで、毎週の週報に連載翻訳したものです。)から許可をえて転載。

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     ジプシー・スミスは、ごく平凡な、身分が低く文盲の家庭に生まれた泥臭い人物です。しかし、何年も前に、南カリフォルニアにある、非常に美しく建てられたかっこの良い教会の一つで、私は、彼のメッセージを聞く特権に預かった。彼は、すべての人が認める教養と学問の水準にまで向上した。彼は、常に身分の低い出自の人々を軽蔑する申し分のない紳士達の尊敬を勝ち取った。
    暖かさ、心地よいユーモア、そして、まじめさが、彼の説教の特徴だった。彼は、何度も旅をして、祖国イギリスをはじめ、アメリカ、南アフリカ、オーストラリアなどの大勢の人々に祝福をもたらした。

     次の彼の回心物語は、「ジプシー・スミス説教選」(Brooklyn Eagles,1907)と彼の自叙伝(Revell,1902)による。

     「私の父は、クリスチャンになった。私の母の死を通して、彼の心に救いの光がやってきた。彼は、五人の小さな子供たち共にひとり残された。母の別れの言葉は、『小さい子供たちの世話をしてください。あなた、私たちの子どもたちをよろしく・・』というものだった。私の父は、体は大きくて頑丈な人であったが、聖書を持っていなかったし、教師も導き手もなく、読み書きもできない人であったが、その日、神のもとへ立ち返った。」

     「私たちが、荷馬車で、英国のハートフォードシャー州を旅行中、私の一番上の姉が病気になった。私たちは、医者の家に馬車を乗り付けた。医者は、『これは天然痘だ。君たちは、ここから出て行かなければならない』と言った。私たちは、ノートン・レインと呼ばれる辺りまで行った。そこに、父はテントを張り、母と四人の健康な子どもをおいて、さらに180メートルほど進んだところに馬車を止めて、そこで父が病気の子どもの看病をした。数日後、私の兄エゼキエルも天然痘に罹り、馬車に送られた。母は、病人のための食事を用意すると馬車とテントの中間まで持って行き、そこで、父を呼んだ。時々、父がちょっとしたことで忙しくしており、雪が食べ物に積もってしまうようなとき、母は、子供たちへの心配から、次第に馬車に近づいていった。そして、ある日、母も天然痘に罹った。

       「森の中に、ジプシースミスの父親と、臨終の妻と幼い子供たちがいた。聖書の知識もなく、神についてもほとんど知らず、父は臨終の母に近づいた。
     『おまえは神を信じているか?』と父は聞いた。
     『はい。』と母は答えた。
     『お前、祈るかい?』と父は尋ねた。
     『お祈りするわ・・・』と母は答えた。  母、腕を伸ばして父の首にまわしキスをした。父は外に出て泣いた。すると、母の歌声が聞こえてきた。
     『約束の地で待っておられる父上がいる;
     わが神が私を呼んでおられる お会いしに行かねばならない・・』
     それは、母が20年も前に聞いた、学校の子供たちが歌う賛美歌であった。母の最期の時が来た。」
     「私は、父が私のところへ来て、『ロドニー、お前の母さんはいなくなった・・・』と言った日のことを生涯忘れないだろう。」
     「私は、やんちゃ坊主ではあったが、心の中では、宗教の何たるかを知っていた。私は、父や、姉たち、そして兄の新しい生き方の中に、宗教を見てきた。宗教の何たるかを知らなかったとしても、その姿変わりする様を見、心の中に、私の父の人生に起きた奇妙な経験に、非常に憧れてきた。」

     「私は、その頃、父がベッドフォードへ行ったことをよく覚えている。私は、そこで、人々がジョン・バンヤンについて語るのを聞いた時、感じたことや考えたことを決して忘れないだろう。人々は、私たちを、彼がかつて説教していた教会に連れて行き、彼の記念碑を見せてくれた。その町にいる間中、私は毎日ある時間をその記念碑のそばで過ごした。私は、人々が、バンヤンもかつては(スミスの父がそうであったように)旅芸人であり、大変な罪人であったが、回心して、神によって偉大な人物になったと語るのを聞いた。ああ!私が、彼がかつて立った講壇を見上げ、彼のように良い人になりたいとどんなに願ったことか!そして、私は、ずっと馬車の中で生活して、無益な人生を送らねばならないのだろうかと思った。私は、ジョン・バンヤンが生まれた村へ歩いていき、彼が生活していた家に入った。私はそこに涙ながらに立ち、バンヤンをしてバンヤンたらしめた同じイエス・キリストを見出したいと切に願った。ベッドフォードにいた間に、私の心に映った明るいビジョンを決して忘れない。」

     「私の父のテントと馬車からそう遠くないところにある古い木の幹に腰掛けていたある晩のことを思い出す。倒れた木の幹の周りには、私の背丈と同じくらいの高さに草が生えていた。私の心に、深刻な罪の覚醒おきていたために、私はそこへ行き、考え、救い主を愛したい、良い子どもになりたいと真剣に願った。私は、天国にいる母を考えた。また、父や、兄や、姉たちのりっぱな生活を考えた。そして、自分に語りかけた。『ロドニー。おまえは、ジプシーの子として、また、ジプシーとして、望みもなく放浪するつもりか?それとも、クリスチャンとなって、確かな人生の目的を持って生きるのか?』辺りは静寂で、自分の胸の鼓動だけが聞こえた。その質問への答えとして、私はびっくりするような声で、『神の恵みによって、私はクリスチャンになろう。そして天国の母さんに会おう!』と答えた。私の決断は下された。私は、主イエス・キリストを受け入れたその日以来、変わらずに、今もイエス様を信じている。心から、主のために生きようと決めたからだ。私は永遠の選択をした・・・」

     「それから数日後のある晩、私は、ケンブリッジのフィリッツロイ通りにある小さなプリミティヴ・メソジスト教会に入り込み、そこで、ジョージ・ワーナー牧師の説教を聞いた。本当に奇妙な話だが、私はワーナー牧師が語ったことばを思い出すことができない。しかし、私はその礼拝のなかで、公に自分自身をキリストにささげるチャンスがあるならそうしようと決心した。そして、ワーナー牧師は、主に自分自身をささげようと願うものはみな、前に進み出て聖餐台のところにひざまずくようにと言った。前に進み出たのは、私が最初であった。私の他に、そこに人がいたかどうかよくわからない。多分いなかったと思う。私が祈っている間、会衆は歌った。すぐに、私の傍らに親切な老人が立ち、前髪がふわりとした老人であったが、私の方に腕を回して、私とともに祈り、私のために祈ってくれた。私は彼の名前を知らない。未だに誰か解らない。私は、彼に、イエス様に、今から後永遠に、神の子どもとして、自分自身をささげたと話した。彼は言った。『君は、神様が君を救って下さったことを信じなければならない。「この方を受け入れた人々、すなわち、全て、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」』」

     「私は、その愛すべき老人に言った。『でも、私は、自分自身を信用することができないのです。というのは、私は何者でもありませんから。また、私の知識も信頼できません。私は何も知りませんから;私の見る限り、私と同様、友人達もみな貧乏です。』」

     「そのようなわけで、私はすぐさまその場で、私自身をイエス・キリストにゆだねまかせた。私は、彼が私のために死んでくださったことを知った。私は、彼が私を救ってくださることを知った。私は、彼を、まさにその言葉通り、良い方であると信じた。こうして、光が輝き、確信がやってきた。私は家に帰り、父に、父さんの祈りが聞かれたよと語った。父は私とともに泣いて喜んでくれた・・・。」

     「次の日の朝、私はいつものように商品を売りに出掛けた。私は、まず、その日の仕事を始める前に、昨晩、ひざまずいた場所をもう一度見たいと思った。そこに立ち、ほとんど、その場所を礼拝するような思いで、しばらくの間、小さな礼拝堂を見つめていた。私が立っていると、足を引きずる音が聞こえ、振り返ると、昨晩、私の隣でひざまずいた愛すべき老人がいた。私はつぶやいた。『今日は、商品─洗濯ばさみやブリキ製品を持っているから、私がジプシーであることが分かってしまう。きっと私など見向きもしないだろう。ジプシーの少年になど話しかけるはずがない。私のことなど父さん以外には心配してくれる人はいない。』しかし、私は間違っていた。私を見ると、彼はすぐ思い出し、歩くのもままならないのに、私に話しかけようと近づいてきた。私の手を取ると、彼は私の魂の奥底をのぞき込んでいるかのように思えた。そして私に言った。『少年よ。主があなたを祝福されるように。少年よ。主があなたを守ってくださるように。』私は、彼にお礼を言おうとしたが、胸がいっぱいになって、言葉が出てこなかった。その愛すべき老人は、去って行き、彼が曲がり角を曲がって見えなくなるまで、私はずっと見送った。彼に、再び会うことはなかった。しかし、栄光の地に着くとき、あの愛すべき老人を見つけ、握手してくれたこと、神の祝福があるように!と語ってくれたことの感謝を、その素晴らしい老聖徒に申し上げたい。なぜなら、彼が、私に、ジプシーの少年の魂を本当に心配してくれる人が、テントの外側にもいると言うことを教えてくれたからだ。」