わかふうふ、わかもん、いっしょに学ぼっ!
- 母の信仰 -
森田 初実
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇 119:71)
私の母は1933年に生まれ、9人兄弟の2番目の長女でした。
母の母親は母が小学校6年生の時に病死をし、そのまま家族の面倒をみることになり、小学校卒業後は中学校に通いたくても通えずに幼い兄弟達の母親代わりをして10代を過ごしたようです。
そんな母は沢山の苦労をしましたが、イエス・キリストに出会い信仰を持ってからは教会を休まず通い続け、自分の兄弟達も教会に誘い、父との結婚が導かれてからは3人の子育てと父の事業を二人三脚で働き、教会へ多くの献金を捧げるという恵みと祝福の信仰生活でした。
自営業でしたので、とても忙しい両親でした。しかし、両親は毎朝2人で祈りをして1日がスタートしていました。
父は必ず朝デボ―ション、それから仕事を始めます。
母は時間のある時にひざまずいて聖書を読んでいる姿を子ども心に覚えています。母は小学校しか出ていませんが、聖書を読みよく聖句を暗記していました。
苦労をしていますが、母は自分の兄弟達がきちんと成人するまで結婚をせず、30代になってから父と結婚をしてクリスチャン家庭を築きました。そんな母ですので、とても勝気で負けず嫌いです。自分で漢字を勉強し、そろばんや事業で必要な経理関係も一生懸命勉強したそうです。そして、父の働きを助け支えていました。私の育った所は下町なので、ご近所付き合いが密接でした。
もちろん母もまわりの方々との交流はありましたが、近所の方々との立ち話をするということはありませんでした。
私は子どもながら、なぜ私の母は近所の人たちと立ち話をしないんだろうと不思議に思うこともありましたが、母は父を支えるためにそれは神の前に歩む母の真実な姿だったということを今になって理解することができます。母の信仰はとても純粋でした。母の信仰の姿勢はいつも神に信頼する、ぶれないとても強いものを持っていました。私がいろいろな迷いの中にあった時、母は優しい励ましの言葉をかけてくれたわけではなく、さらっと一言「あなたは信仰者として自立していないわね。神様に信頼する信仰があるなら、お委ねすること程簡単なことはないのよ。」この言葉は今でも私の心に残っています。
今、私の信仰は?と問われると、母の言った言葉は短く簡単なように思えますが、母の神に対する純粋な信仰があり、多くの問題課題を神と共に乗り越えてきたからこそ自信をもって私に信仰者として自立していないと言えたのでしょう。また、その当時の私に対して母は「ちゃんともっとしっかりしなさい」と言いたかったのかもしれません。その時によく私に伝えてくれた御言葉が上記にお書きした聖句でした。
今年、私達の教会創立記念礼拝では「召天会員を偲ぶ会」が持たれました。母は私の教会の会員ではありませんでしたが、確かに召天者として名前を残してくださいました。母は亡くなる数日前に私の教会牧師夫妻ご家庭が仙台から東京まで行って見舞ってくださり、牧師先生が母の寝床で祈ってくださいました。もうほとんど母の意識がありませんでしたが、祈りの最後に「アーメン」と言ったそうです。その時、父も側にいました。母の信仰が報われた時だと私は信じ、感謝いたしました。そして、確かに生涯、神を愛し続けた母は、神の御許へと共にいることを信じています。
私は今でも母がいつも伝えてくれた上記の詩篇の聖句を大切に思い出し、私の信仰の支えになっています。そして、母が一途に神を第一として歩んだことを心から誇りに思い、私自身も母のような信仰者に少しでも近づける者になりたいと願っています。