わかふうふ、わかもん、いっしょに学ぼっ!
- 神の偉大なる御業 -
茂永 頼子
「どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを超えて豊かに施すことのできる方に、教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。」(エペソ 3:20-21)
今年は私の家族にとても感謝なことがありました。祖母が12年ぶりに教会に通うことに導かれました。まず、祖母について少し書かせていただきます。祖母は岩手県で生まれ育ちました。保育士になるために上京し、東京で働いていた時に教会に導かれクリスチャンとなりました。そして、祖父との結婚を機に仙台に嫁いできました。祖母は義理の両親に熱心に仕え、祖父と共に二人を救いに導きました。寝たきりの義母の介護を5年も行ったそうですが、その時の苦労を口にしたことは一度もありません。祖母は行動力のある人で、様々な家庭の事情を抱えながらも将来を見据え、新居を探すために一人で仙台を端から端まで見て回り、今の家を購入しました。祖母は仕事や家庭に心血を注いできたため、その反動で60代後半に燃え尽き症候群になってしまいました。生活の全てにおいて気力を失い、教会に行くことも難しくなり家に引きこもるようになりました。祖母が教会に行かなくなったのは私が小学校高学年の時でした。未熟で多感な時期でもあり、祖母が教会に行かなくなったことがとてもショックだったことを覚えています。当時は今ほどメンタルヘルスについて知られておらず、なかなか現実を受け入れることができませんでした。祖母が教会に行くことができるようにと一生懸命祈っていましたが、中々道は開かれませんでした。何年も経つと、もう無理なのだと祈ることを諦めてしまい、もはや祖母が教会に行かないことが当たり前になっていました。
この生活が2年前に大きく変化しました。そのきっかけは祖母が若い頃から教会で信仰の友として歩んだ姉妹が天に召されたことでした。姉妹は大病を抱えながらも最期まで堅く信仰に立ち、神と教会と共に歩まれました。両親は姉妹が天に召された際、祖母にどのように人生を締めくくっていくのか、教会に通いメッセージに生きるからこそ信仰者として証を残すことができると語りました。神はそのことを捉えてくださり、祖母の心が動き始めました。祖母はその話を聞いた週の土曜日に突然、明日教会に行くわと言い出し、私たち家族は大変驚きました。当時の祖母は10年間ほとんど家から出ず、日常生活もままならない状態でした。そのため急に教会へ行き、長い時間座っていることは難しかったので、まずは体力をつけ、いわゆる普通の生活を取り戻すことを2年かけて行いました。一日5分でも外に出ること、毎日お風呂に入る事、デイサービスに通うこと、礼拝の時間は家で静まること、そのような基本的なことに取り組み始めました。神様はその願いと取り組みに応えてくださり、祖母は見違えるように元気になりました。祖母の口癖は「できないわ」と「無理しない」だったのですが、今ではどんなことにも前向きに取り組んでいます。毎朝30分散歩に出かけ、ごはんも家族と同じ量、時にはそれ以上食べるようになりました。
そして、今年の8月から再び教会に通い始めることができ、毎週欠かさず礼拝に出席しています。教会の階段をスタスタと登り、礼拝中も背筋を伸ばして座っている姿に驚かされます。家族にとっては、“あの”祖母が教会に通っていることは奇跡も同然であり、これは人の業ではなく間違いなく神の御業であると確信しています。思い返しますと私が高校生の時に行われた賛美感謝会で、光明先生と和子先生がお孫さん達と一緒に賛美歌を歌われたことがありました。私はその光景を見たときに何と麗しいのだろうと感動しました。同時に、私が祖母と賛美することはもう叶わないのだと悲しくなり、私はいつか自分の孫と賛美できると良いなと思いました。しかし神様は、祖母が教会にもう一度行けるようにという12年前の祈りを確かに聞いていてくださいました。私は諦めていましたが、神様は祖母を諦めることをせず、御業を現わしてくださいました。三世代で共に礼拝を守り、神を賛美する時をもう一度与えてくださった主の恵みと憐れみに心から感謝しています。10月に長谷川与志充先生が来仙され、メッセージを語ってくださいました。その中で、神のご計画は私たちの想像や望みをはるかに超えていると語られました。祖母に成された御業を思うときに、まさにその通りだと感じました。神の計り知れないご計画に私たち家族を入れていただいていることに心から感謝し、主に栄光を帰します。