同労者

キリスト教—信徒の志す—

わかふうふ、わかもん、いっしょに学ぼっ!

 - 関わり -

山田 保

  「すると、主は私に仰せられた。『まだ若い、というな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。――主の御告げ――』」(エレミヤ 1:7-8)

2025年も様々な所を乗り越えさせていただき、守られましたことを感謝いたします。新たに2026年が始まろうとしています。新しい年も示されていることは多くありますが、一つ一つ為すべきことを為していき、進むべき道のりを進んでいきたく願っています。
 その中の一つに教会の私より若い世代の方々との関りがあります。私の中で、教会の小中学生たちの存在は、生後7ヶ月で体重が4倍近くになった双子の甥っ子たちの如く、飛躍的に大きくなっています。少し前までは、まだ幼い後輩だと思っていた彼らが、格段に成長し、様々なことを手伝ってくれる存在になりました。最近ではバンドグループを組み、機会ある毎に前に出て発表するようにもなっています。彼らと関わり、対話をしていく中で感じたある変化があります。それは彼らが、人と接することの重要性を見出しているということです。以前はこちらから話しかけないと話さない、また話しても一言、二言で会話が終わってしまうということがほとんどだったのですが、この頃は彼らから話しかけてくることが段々と多くなり、会話も長く続くようになってきました。バンドの練習でも自分たちから率先して行う姿が見られるようになりました。
人格との関わりの重要性は礼拝等のメッセージでも度々語られています。世間一般では、小学校高学年や中学生という多感な時期の子どもは、あまり話しかけず放っておいた方がいいという考え方もあるでしょう。しかし私は敢て一歩踏み込んで、相手の反応を恐れず、話しかけ続けることで、彼らの中に少しずつ変化が与えられることを体験しました。
 冒頭の聖句は、若くして預言者として立てられたエレミヤが神から語られた言葉ですが、私自身若い世代と関わる時、この御言葉が心に与えられます。小中学生の彼らのみではなく、生まれて間もない魂との関わりでさえ一言一言油断せずに、言葉使いに気を付けて接しなければならないことをも示され、感謝を覚えます。まだ幼いから、まだ若いからと油断していると、いつの間にか信仰を育む大切な時期を逃し、教会から遠ざかる結果になってしまうことに恐れを感じています。人格との関りは、なかなか上手くいかないこと、どうしたらいいのかと悩まされることも少なくはありません。しかし「わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出す」と語って下さる神の言葉に信頼し、勇気と忍耐をもって人格との関わりを持ち続けるものでありたく願います。 

(仙台聖泉キリスト教会 会員)