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キリスト教—信徒の志す—

聖書研究

— 罪について(31)—

野澤 睦雄


「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」(マタイ 1:21) 「イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」」 (マタイ 9:12-13)

 罪についての考察を続けています。冒頭に掲げたみことばの通り、イエス・キリストは、「私を」「私の罪」から救うためにおいでになりました。
この「私」は、書いている私はもとより、読者の皆さんひとりひとりです。
そして二番目のみことばのとおり、私が「罪人」でなかったら、イエス・キリストは必要がありません。
本当に病気でしたら、治療せず何でもないと思い込もうとしても無駄なこと、適切な治療を受けなければなりません。
罪については、過去のことには目をつむり、未来のことを直せば良いと考えがちです。
それはキリストの救いと関係ない人々に受け入れやすい発想です。
もちろん現在と未来は罪から離れて生きなければなりませんが、過去に犯してしまった罪は、それを明らかにし、イエスの贖罪によって赦されなければなりません。
更に大切なことは、過去の罪を赦されることなしには、未来を正しく生きることも困難でしょう。
それは病気が癒やされるのと似ていて、癒やされていないのにこれからは元気に生きていきます、と言っているのと同じです。

 病気を癒やされたらもはや病人ではなく健康な人です。罪を赦された罪人はいつまでも罪人ではなく義しい人です。
 罪を赦され、義とされた人として生きるためには、「自分の罪」をよく見つめなければなりません。
人それぞれ傾向性があって、犯しやすい罪があります。過去の罪はそれをよく示しているのです。
 人、それぞれ違いますから、ここに考察することも種々取り上げるわけです。その中から読者の皆さんが自分に当てはまることを参考にしてくださることを期待しています。

<2.各論>
2.各論 (4)盗み <6>


 今回は盗まれた銀と、それが原因で起きた一連のできごとを考えましょう。取り上げようとしている記事は、説明の必要がないほど聖書の中に生き生きと書かれています。
「エフライムの山地の出で、その名をミカという人がいた。 彼は母に言った。「あなたが、銀千百枚を盗まれたとき、のろって言われたことが、私の耳に入りました。実は、私がその銀を持っています。私がそれを盗んだのです。」すると、母は言った。「主が私の息子を祝福されますように。」彼が母にその銀千百枚を返したとき、母は言った。「私の手でその銀を聖別して主にささげ、わが子のために、それで彫像と鋳像を造りましょう。今は、それをあなたに返します。」しかし彼は母にその銀を返した。そこで母は銀二百枚を取って、それを銀細工人に与えた。すると、彼はそれで彫像と鋳像を造った。それがミカの家にあった。このミカという人は神の宮を持っていた。それで彼はエポデとテラフィムを作り、その息子のひとりを任命して、自分の祭司としていた。」(士師記 17:1-5)
 母親から銀を盗んだことを告白し、それを返したら、母はその銀の一部で「彫像」と「鋳像」を造った、とあります。彫(ちょう)はノミなどで、彫(ほ)ることで、鋳(ちゅう)は溶かして鋳型(いがた)に流し入れ、鋳物(いもの)にすることです。つまり二種類の手段で、偶像を造ったのです。ここでは何の形を造ったのかは、書かれていませんから分かりません。聖書の他の箇所では、エジプトで行われていた仔牛(こうし)礼拝をまねて子牛の像を造った記事があります。しかもそれが「神」であるとしました。

 その家にやってきたレビ人がいたので、自分の家の祭司となってくれるように頼みました。「ユダのベツレヘムの出の、ユダの氏族に属するひとりの若者がいた。彼はレビ人で、そこに滞在していた。その人がユダのベツレヘムの町を出て、滞在する所を見つけに、旅を続けてエフライムの山地のミカの家まで来たとき、ミカは彼に言った。「あなたはどこから来たのですか。」彼は答えた。「私はユダのベツレヘムから来たレビ人です。私は滞在する所を見つけようとして、歩いているのです。」そこでミカは言った。「私といっしょに住んで、私のために父となり、また祭司となってください。あなたに毎年、銀十枚と、衣服ひとそろいと、あなたの生活費をあげます。」それで、このレビ人は同意した。このレビ人は心を決めてその人といっしょに住むことにした。この若者は彼の息子のひとりのようになった。」(士師記 17:7-11)

 引用は省略しますが、ダン族が自分たちの嗣業の地とする場所を求めてやってきて、途中、その彫像と鋳造と祭司となったレビ人の若者を奪い取っていきました。
 そして、ダン部族の地・・イスラエル全土を「ダンからベエルシェバまで」と表現するように・・イスラエルのもっとも北の地にダン部族は落ち着きました。
「さて、ダン族は自分たちのために彫像を立てた。モーセの子ゲルショムの子ヨナタンとその子孫が、国の捕囚の日まで、ダン部族の祭司であった。 こうして、神の宮がシロにあった間中、彼らはミカの造った彫像を自分たちのために立てた。」(士師記 18:30-31) 盗まれた銀で造られた偶像は、いつまでも一部族の神として祭られ続けました。

 ここを読む度に、このレビ人の若者がモーセの孫であることに悲しい思いがします。

(仙台聖泉キリスト教会員)