同労者

キリスト教—信徒の志す—

わかふうふ、わかもん、いっしょに学ぼっ!

— 祖父の遺言 —

山田 汀

「テモテよ。ゆだねられたものを守りなさい。」(テモテⅠ 6:20)

 先日、祖父山本光明師が天に召されました。ほんのひと月半前にはとても元気だった祖父が、本当に急に亡くなってしまって、私には悲しみとともに、受け入れられないという思いがありましたが、神様が豊かに私の心を支えてくださり感謝しています。

祖父は孫の私をとても愛してくれました。幼い頃だけでなく、大人になってからも祖父は会うたびに同じように愛に満ちた笑顔で私を見てくれていました。いつも私の手を握って「冷たいなー」とか「今日はあったかいね」と私の手の温度を確かめては感想を言ってくれました。それは亡くなる直前まで変わりませんでした。

亡くなる1週間前のことです。私が祖父のベッドの傍らで話をしていた時に、祖父は私に向かってしっかりと「汀さん、これはおじいさんからの遺言だから」と話を始めました。祖父は私に、教会の中で先頭に立って大きな声で讃美をし続けなさいと言いました。誰かが大きな声で讃美すれば教会全体が力づけられるからということでした。私はしっかりと祖父の目を見て「はい、わかりました」と言うことができました。隣で聞いていた母は泣いていました。たった数分の出来事でしたが神様は私にとても大切な時間と言葉を与えてくださいました。

私は幼い頃から教会の中で讃美の御用をさせていただいて来ましたが、祖父は毎回褒めてくれていました。数年前から祖父が伝道の機会として力を入れていた仙台ゴスペルフェスティバルにも「ガリラヤの風」というグループで祖父と並んで讃美をすることが出来ました。ステージの上で祖父と顔を見合わせて笑顔で歌ったことが思い出されます。その当時とっくに80歳を過ぎていた祖父は、何歳になっても神様を讃美することの大切さを変わりなく示し続けてくれました。祖父の告別式でも私は咲師と一緒に前に立って讃美をする機会が与えられました。その時も祖父の言葉を思い出しました。きっとこれからも前に立って讃美の御用をするたびに思い出されるでしょう。それが力となってこれからも神様を讃美することを大切にしていきたく願っています。

祖父が亡くなった日の午前中、私は両親と一緒に祖父のところに行き、いつものようにベッドの横に立ち会っていました。もうほとんど祖父の意識はなく、眠っているようでしたが、最後に私たちが帰ることを伝えると、今まで動かなかった手を動かし力を振り絞って私たちに大きく手を振ってくれました。すると母は何故かその時「天国で待っててね、おじいちゃん」と言って手を振り返しました。私は涙が止まりませんでした。本当に最後かも知れないと思ったからです。実際にそれが最後となってしまいましたが、神様が祖父との別れをとても良いものにしてくださったことに感謝しました。あの時の、祖父が手を振ってくれた光景は忘れられません。必ず天国で待っていてくれることを祖父らしく力強く示してくれた最期でした。そんな祖父への感謝とともに、教会のために一生懸命だった祖父の姿を偲び、神様の御名を崇めます。

(仙台聖泉キリスト教会 会員)