同労者

キリスト教—信徒の志す—

ショートコラムねだ

— 創世記1-3章の史実性 —


「初めに、神が天と地を創造した。」(創世記 1:1)

 今回はエーリヒ・ザワーの「世界の救いの黎明」に学ぶことにしましょう。
 序文に
 『世界の救いの歴史が立つか倒れるかは--いな、救いの歴史が<立つのは>、その主イエスの権威による。旧約聖書のなかで最も忌避されている部分、すなわちアダムとエバの真の史実性(マタイ19:8)、大洪水の事実(マタイ24:37,38)、預言者ヨナの奇跡的体験(マタイ12:39,40)、などをキリストがはっきりと容認されたことは、否定できない事実である。キリストはダニエル書を容認した。今日でも不信仰な立場からきびしく攻撃されているこの書から、キリストはご自分の人格の主な呼称を採用しておられる。(「人の子」、ダニエル7:13,14、マタイ26:64)。彼がかつてなされた唯一度の誓いの言をもってご自分を人の子としてそれに結びつけたもうたのは実にこの書であった(マタイ26:63,64、マタイ24:15参照)。また未来に関しては、彼は預言者たちが預言した通りに、ご自分が栄光のなかに再び来られることと(マタイ24:27-31)、メシヤ王国が文字どおり建設されることを(マタイ19:28、25:31以下、使徒の働き1:67)を期しておられた。使徒たちの態度もそれと同じであった。
・・・
人となった生ける「ことば」であるキリストにとっては(ヨハネ1:14、黙示19:13)、<記された言である聖書の一点一画の方が全宇宙の日月星辰よりも大切であった>。「よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることなく、ことごとく全うされるのである。(マタイ5:18、24:35、ヨハネ10:35参照)。また主の最大の使徒パウロは「私は律法と預言者の書に書いてある事を<ことごとく>信じる」(使徒の働き24:14)と告白している。
・・・
「もしだれかが不信仰あるいは半信半疑から、聖書、ことに
  聖書のはじめの数章
  ダニエルの預言
  十字架の意義
  肉体の復活
  キリストの再臨
に対してつじつまの合わない態度をとるならば、その人には、神の贖罪のご計画の<始め>も<中ほど>も<終わり>も不可解になるであろう。そして救いの歴史という驚くべき神殿は、その人に永久に閉ざされたままになるであろう。』
と書かれています。

 表題を創世記1-3章の史実性、としましたが、旧約聖書と新約聖書の全部の史実性について述べられています。 イエス・キリストは全てをご存じであられた。その方が、創世記のはじめもダニエル書も、ヨナ書も事実として扱われ、ご自身の十字架による贖罪も、復活も再臨も天の王国が到来することも事実そうなると述べておられます。弟子たちはもとより使徒パウロもそうです。
 もう六十年以上も前のことですが、ある兄弟が「世界の救いの黎明」と「十字架の勝利」について「これはとても参考になる本ですよ。私は引用されている聖句を全部開いて本と一緒に読みました。」といっておられたのを、今もはっきり記憶しています。紙面に許される範囲で、引用されている聖句を掲載しておきます。この序文の一部分だけでも同じようにやってみて下さい。
・(マタイ19:8)イエスは彼らに言われた。「モーセは、あなたがたの心がかたくななので、その妻を離別することをあなたがたに許したのです。しかし、初めからそうだったのではありません。
・(マタイ24:37,38)人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。洪水前の日々は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。
・(マタイ12:39,40) そのとき、律法学者、パリサイ人たちのうちのある者がイエスに答えて言った。「先生。私たちは、あなたからしるしを見せていただきたいのです。」しかし、イエスは答えて言われた。「悪い、姦淫の時代はしるしを求めています。だが預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。ヨナは三日三晩大魚の腹の中にいましたが、同様に、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。
・(ダニエル7:13,14)私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。
・(マタイ26:63-64)しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
・(マタイ19:28)そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。
・(マタイ24:27-31)人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。・・・地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。 人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。
・(使徒の働き24:14)・・私(パウロ)は、律法にかなうことと、預言者たちが書いていることとを全部信じています。