同労者

キリスト教—信徒の志す—

ショートコラムねだ

— ソドム —


「それから、杖のような測り竿が私に与えられて、こう告げられた。「立って、神の神殿と祭壇と、そこで礼拝している人々を測りなさい。 神殿の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはいけない。それは異邦人に与えられているからだ。彼らは聖なる都を四十二か月の間、踏みにじることになる。わたしがそれを許すので、わたしの二人の証人は、粗布をまとって千二百六十日間、預言する。」 ・・・二人が証言を終えると、底知れぬ所から上って来る獣が、彼らと戦って勝ち、彼らを殺してしまう。 彼らの死体は大きな都の大通りにさらされる。その都は、霊的な理解ではソドムやエジプトと呼ばれ、そこで彼らの主も十字架にかけられたのである。」(マタイ 12:38-41)

 黙示録から引用しました。黙示録は難解なので誤った判断をしないように、「その都は、霊的な理解ではソドムやエジプトと呼ばれ、そこで彼らの主も十字架にかけられたのである。」ということだけをみておきましょう。
 主が十字架にかけられたのは「この世」です。ですから「ソドム」や「エジプト」は「この世」を示しています。

 ソドムはアブラハムの時に神に滅ぼされた町として知られています。
「そのとき、主は硫黄と火を、天から、主のもとからソドムとゴモラの上に降らせられた。こうして主は、これらの町々と低地全体と、その町々の全住民と、その地の植物を滅ぼされた。」(創世記 19:24-25)
神はカルメル山で、エリヤの祭壇に火を降らせなさいましたが(列王記Ⅰ 18:38)、それを大きくした様なものでしょう。ソドムとゴモラの地方全体が滅びました。

このことをペテロは以下のように解説しています。
「また、ソドムとゴモラの町を破滅に定めて灰にし、不敬虔な者たちに起こることの実例とされました。」(ペテロⅡ2:6 )
ソドムの滅亡は「不敬虔なひとびとにおきることの実例だと。

 神はイザヤによってこう言われました。
「しかし、娘シオンは残された。あたかも、ぶどう畑の小屋のように、きゅうり畑の番小屋のように、包囲された町のように。もしも、万軍の主が私たちに生き残りの者をわずかでも残されなかったなら、私たちもソドムのようになり、ゴモラと同じになっていたであろう。聞け。ソドムの首領たちよ、主のことばを。耳を傾けよ。ゴモラの民よ、私たちの神のみおしえに。「あなたがたの多くのいけにえは、わたしにとって何になろう。──主は言われる──わたしは、雄羊の全焼のささげ物や、肥えた家畜の脂肪に飽きた。雄牛、子羊、雄やぎの血も喜ばない。あなたがたは、わたしに会いに出て来るが、だれが、わたしの庭を踏みつけよとあなたがたに求めたのか。 もう、むなしいささげ物を携えて来るな。香の煙、それはわたしの忌み嫌うもの。新月の祭り、安息日、会合の召集──わたしは、不義と、きよめの集会に耐えられない。あなたがたの新月の祭りや例祭を、わたしの心は憎む。それはわたしの重荷となり、それを担うのに疲れ果てた。」 (イザヤ書 1:8-14)
ここで神はユダをソドムと呼び、その首長たちに「ソドムの首領たちよ」といっています。

 イエスは弟子たちを宣教に派遣したときこう言われました。
「だれかがあなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家や町を出て行くときに足のちりを払い落としなさい。まことに、あなたがたに言います。さばきの日には、ソドムとゴモラの地のほうが、その町よりもさばきに耐えやすいのです。」 (マタイ 10:14-15)
宣教のことばを聞きいれないことがこれほどの結果を生むとは思わないでしょう。

 イエスはご自身が奇跡を行われた町々に対してこう言われました。
「それからイエスは、ご自分が力あるわざを数多く行った町々を責め始められた。彼らが悔い改めなかったからである。「ああ、コラジン。ああ、ベツサイダ。おまえたちの間で行われた力あるわざが、ツロとシドンで行われていたら、彼らはとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めていたことだろう。おまえたちに言う。さばきの日には、ツロとシドンのほうが、おまえたちよりもさばきに耐えやすいのだ。 カペナウム、おまえが天に上げられることがあるだろうか。よみにまで落とされるのだ。おまえのうちで行われた力あるわざがソドムで行われていたら、ソドムは今日まで残っていたことだろう。おまえたちに言う。さばきの日には、ソドムの地のほうが、おまえよりもさばきに耐えやすいのだ。」 (マタイ 11:21-24)

 ソドムを自分と関係の無い昔のできごとと思わないことを求められているでしょう。