聖書研究
— 救いについて(60) —
野澤 睦雄
「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」(ヨハネ 1:4)
「ペテロはこれを見て、人々に向かってこう言った。「イスラエル人たち。なぜこのことに驚いているのですか。なぜ、私たちが自分の力とか信仰深さとかによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち、私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。あなたがたは、この方を引き渡し、ピラトが釈放すると決めたのに、その面前でこの方を拒みました。そのうえ、このきよい、正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、 いのちの君を殺しました。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。」
(使徒の働き3:12-15)
4.救ってくださる神
神は「いのちの君」です。
「救われる」ということについての大切な二つのことは
1.罪を赦される
2.新しく生まれる
ですが、この新しく生まれることは、今の肉体のいのちではなく「霊のいのち」に生まれることです。
神はそのいのちをお持ちで、ひとにそれを与えて下さるのです。
神、イエスはペテロが説教に語った「いのちの君」です。
エデンの園に神は、
「神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。」(創世記2:9)
そのとき人はサタンそそのかされて、いのちを選ばないで、知識を選びました。それで人は「必ず死ぬ」(創世記2:17)ものとなりました。
イエスはニコデモにこう教えておられます。「イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。」(ヨハネ3:6-7)
ですからこのいのちは「霊のいのち」であって、新しく生まれたひとでないと「見ることができない」すなわち「理解できない」ものです。
「いのちの君」が分け与えてくださるいのちが「永遠のいのち」です。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)
神は人を愛してご自身のいのちを人に分け与えて下さいます。