ショートコラムねだ
— ヨセフの忠実 —
「それで、イスラエルはヨセフに言った。「おまえの兄さんたちはシェケムで群れを飼っている。さあ、あの人たちのところに使いに行ってもらいたい。」すると答えた。「はい。まいります。」また言った。「さあ、行って兄さんたちや、羊の群れが無事であるかを見て、そのことを私に知らせに帰って来ておくれ。」こうして彼をヘブロンの谷から使いにやった。それで彼はシェケムに行った。 彼が野をさまよっていると、ひとりの人が彼に出会った。その人は尋ねて言った。「何を捜しているのですか。」ヨセフは言った。「私は兄たちを捜しているところです。どこで群れを飼っているか教えてください。」するとその人は言った。「ここから、もう立って行ったはずです。あの人たちが、『ドタンのほうに行こうではないか』と言っているのを私が聞いたからです。」そこでヨセフは兄たちのあとを追って行き、ドタンで彼らを見つけた。」(創世記 37:13-17)
ヨセフは父ヤコブの命令に忠実でした。当時、町(というか集落)から町へ、人が歩いて自然にできた道があったのかも知れません。ヘブロンからシェケムまで聖書地図でみてみると、シェケムはヘブロンから北に約50キロメートルくらいです。シェケムで兄たちを探しました。今度は道ではなく、羊を飼っている野原ですから、兄たちをさがして「野をさまよい」ました。たまたま出会った人に兄たちのことを聞くことができました。「ドタンに行くと言っていたよ。」ドタンという町はシェケムから更に北へ約10キロメートルです。それでドタンに行って兄たちに、イシュマエル人の隊商に、奴隷に売られてしまいました。この隊商は、エジプトではミデヤン人の隊商とも書かれています。混成だったのでしょうか。
エジプトでヨセフを買ったのはパロの侍従長、ポティファルというひとでした。
「主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。 彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。」(創世記 39:1-4)
パロの侍従長という身分の人が、奴隷の若者にいきなり家の全てを管理させるなんてことはありえません。まず奴隷としてこき使われるところからはじまったことでしょう。侍従長が直接使うのではなく、奴隷をそれぞれの仕事に使う係の人がいたことでしょう。「今度入ってきた若いのは、盗みはしないし、言いつけをよく守って真面目に働きます」なんて評価がすこしずつ伝わって、「主人の側近の者」になっていったにちがいありません。ダビデの将軍ヨアブも麦畑を所有していて、アブシャロムが配下の若者に「ヨアブの畑に火をつけてこい」、なんて命令したことが書かれていますが、パロの侍従長も、自分の畑があり、家畜がいたのかも知れません。それが彼の財産だったので「全財産をヨセフに委ねた」のでしょう。ヨセフは家畜のこと、畑のことでしたら、すぐに指揮できたことでしょう。
難題は侍従長の妻でした。パロは侍従長に自分の娘を妻として与えていたのであろうと推測します。義理の息子に護衛させれば安心ですから。侍従長はヨセフがこういうことをしたという妻の言い分を聞いて怒りましたが、問題はヨセフにあるのではなく妻にあるとうすうす感づいていたではあるまいか、と思えます。そうで無かったら即刻ヨセフを死刑にしたことでしょう。でも妻はパロの娘で、妻を処置できない・・。
ヨセフは奴隷よりも悪い、囚人になってしまいました。
囚人をただ牢に入れておくだけでは費用がかかります。囚人を奴隷以上にこき使ったにちがいありません。それでその働きを監督する必要がおきます。それで段々ヨセフの働き場ができてきたことでしょう。
「しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。それで監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手にゆだねた。ヨセフはそこでなされるすべてのことを管理するようになった。監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである。」(創世記 39:21-23)
ヨセフは監獄の全てを取り仕切るようになりました。彼は囚人達にもやさしく、顔色までみて、事情を聞いています。
その結果、パロの献酌官長と調理官長の夢をときます。彼は夢を自分に話してご覧なさいと言えるほど「神に近く歩んでいた」のでした。
彼はできることなら、解放されてヤコブのところに帰ろうと思っていたのでしょう。夢を解き明かした献酌官長に頼んでいます。
「あなたがしあわせになったときには、きっと私を思い出してください。私に恵みを施してください。私のことをパロに話してください。この家から私が出られるようにしてください。 実は私は、ヘブル人の国から、さらわれて来たのです。ここでも私は投獄されるようなことは何もしていないのです。」(創世記 40:14-15)兄たちに売られたとは言いませんでした。
やがてパロが夢を見て、献酌官長の証言で、パロの所に呼び出されました。
奴隷に売られる前、17歳でした。「ヨセフは十七歳のとき、彼の兄たちと羊の群れを飼っていた。」(創世記 37:2)
そして、「ヨセフがエジプトの王パロに仕えるようになったときは三十歳であった」(創世記 41:46)
奴隷に売られた時からエジプトの宰相となるまでに、13年の歳月が流れましたが、まさに辛苦のときでした。息子の名を「マナセ」(忘れる)とつけ、苦しかった日々を忘れることにしたのでした。しかしそのなかにあって彼は「神と共に歩んだ」ことは疑う余地がありません。13年はダビデがサウルに追いまわされた期間とほぼ同じです。
ヨセフはパロに対しても忠実でした。
自分に対する人々からの贈り物はたくさんあったことでしょうが、パロのものを自分のものにするということは決してありませんでした。穀物を売った代金の銀は全部パロのものとなりました。
「それで、ヨセフはエジプトの地とカナンの地にあったすべての銀を集めた。それは人々が買った穀物の代金であるが、ヨセフはその銀をパロの家に納めた。」(創世記 47:14)
「私たちはどうして農地といっしょにあなたさまの前で死んでよいでしょう。食物と引き替えに私たちと私たちの農地とを買い取ってください。私たちは農地といっしょにパロの奴隷となりましょう。どうか種を下さい。そうすれば私たちは生きて、死なないでしょう。そして、土地も荒れないでしょう。」それでヨセフはエジプトの全農地を、パロのために買い取った。ききんがエジプト人にきびしかったので、彼らがみな、その畑地を売ったからである。こうしてその土地はパロのものとなった。」
(創世記 47:19-20)
穀物の代金とした家畜は全部パロの家畜になりました。農地は全部パロの農地になりました。ひとびとは全部、農地につくパロの農奴となりました。彼らはパロの農地を耕し、パロの家畜を飼いました。出エジプト記に、エジプトの家畜とイスラエルの家畜が出てきますから家畜もそうであったのです。
そしてヨセフは人々が暮らしていくことに困らないように、税金に相当する農産物は20%をパロのものとし残りは耕作した民のものとしました。
イスラエルの民の家畜がふえた事が書かれていますが、それはよい牧草地であるナイル川の三角州、ゴシェンに彼らが住んだためで、パロのものが彼らのものになったのではなく、彼らの羊が増えたのです。ですからヨセフが生きている間はエジプト人からも好かれたのです。
「モーセが神の家全体の中で忠実であったのと同様に、イエスはご自分を立てた方に対して忠実でした。」(ヘブル 3:2)
モーセと同様、ヨセフも自分を立てた人々に忠実に仕えました。