同労者

キリスト教—信徒の志す—

巻頭言

— 生きて働き給う神 —


「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」(詩篇43:5他)

 今年ももう10ヶ月が終わろうとしています。コロナ禍で明け暮れたように感じるこの年ですが、それ以上に私にとっては辛く重いことの多い日々であったと思います。足かけ3年祈り続けている一つのこと、そして昨年途中から一年半ほどになる2つ目のこと、それらの二人のたましいの問題、神の前から失われてはいないことを信じますが、私たちの信じる最善の道からは失われつつあることを思い、祈りの中に戦い続けています。

 また私たちの教会は新しく二つ目の会堂を建てようと取り組んでおりますが、今年いよいよ物件取得のために具体的に動き始めたところ、銀行融資の問題等、様々と立ち塞がる壁に苦しむ一年でもありました。銀行折衝等の具体的な働きを担っておられる兄弟は、文字通り不屈の信仰を持って立ち続けてくださっていますが、なかなか道が開かれず、まさに涙とともに種を蒔き続けています。いつか喜びとともに刈り取る日を信じて・・・。

 冒頭の聖句にあるように、私たち信仰者はどのような中に置かれても、最終的に窮することも倒されることもなく、神をほめ讃える中に救いがあることを信じます。主を讃美するレビ人たちを武装した兵士たちの先頭に立てて大勢の敵に立ち向かったヨシャパテのように、また牢獄の中で主を讃美し、救いを得たパウロとシラスのように・・・。私たちも目の前は大きな壁に閉ざされて闇のようであっても、この戦いの中で与えられた勝利を見出すことの出来る霊的な目を持ち続けていきたく願います。まさしく神は表面には見えないけれども確かな勝利を見せてくださいました。それは、この神のプロジェクトに参加した若い兄姉達の信仰です。彼らは前述の兄弟をリーダーとして、力強くこの神の働きのために戦う姿勢を見せてくれています。神はご自身に真摯に従い、主の栄光と福音のためにあくまで立ち続ける信仰者の群れに素晴らしい未来を与えてくださいました。この若い力がある限り教会は委ねられた天の御国の鍵を守り続け、岩の上に立ち続けることが出来ます。信じる者を辱め給わない神の素晴らしさを讃美いたします。

 さらに神は、先の見えない戦いに打ちひしがれそうになっていた私に豊かな慰めを与えてくださいました。ある日の新会堂建築のための会合から帰って来た息子が、私に「お父さん、何とかうちの家と土地を献げて、新会堂のために用いていただく方法はないかな」と言ったのです。彼なりに色々と方法を考えたようでした。まだまだ現実的ではなく、実際に用いられるかどうかはわかりません。しかし彼は、今現在自分の出来るすべてを献げる信仰に立つことが出来たのです。またそれを父親に切り出すことにどれほどの勇気が必要だったかも想像に難くありません。私は、彼のその姿勢を見て、導いてくださった主に感謝を覚えました。労してくださっている方々には心地よい言葉ではないかも知れませんが、もし全てのことがすんなりと運んでいたらこのような彼の信仰は埋もれてしまっていたかも知れません。私は妻と話し合い、私たちとしては、元々自分達自身も持ち物もすべて神に献げられたものであることを再確認し、どのような形であっても、用いていただけるものはすべて差し出す信仰に立たせていただきました。もう一度そのような信仰に立つことが出来たことの一面は息子のおかげだなあと思わされます。いつの間にか親を引っ張る信仰者に成長していた子供たちの姿に、神が与えてくださる真の勝利とはこのようなことなのではないかと思わされ、「神よあなたはどこにおられるのですか」と祈っていたような者に対し、力強く生きて働いておられるご自身を明らかに示してくださる主に深く感謝しております。

(仙台聖泉キリスト教会会員)