同労者

キリスト教—信徒の志す—

巻頭言

— 半年を振り返って —

玉城 春恵

「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。」(ヨハネ14:16-17)

 今年の年頭の御言葉です。私の聖書の中にはさんでいるメモ紙に2016年から年頭に与えられた御言葉を書いていました。ふと目をとめると、2020年の時と同じ御言葉でした。その時の自分自身の思いを正確に思い出すことはできませんが、その当時の状況からすると、新たな決意を持って歩みだそうとしていたのだと思います。
 今年は、昨年婦人会の後に今後の自分自身の歩みについて嘉納先生に相談した時のことを思い返していた時に与えられました。2022年12月に主人が転職。2023年9月に義母の召天。家族の状況が変化しつつある中で、これから先の息子たちの成長や私自身の働き方について不安を感じ相談させていただきました。嘉納先生からは、もう一度息子たちに焦点をあてること。今、自分が動いたら誰に一番負担がくるのか、息子たちであること。特に小学校6年生の次男のことを思って今の職場に留まり、仕事を続けていくことを示されました。私が今の職場で働き始めたのは2019年7月からで、まもなく8年目に入っていきます。自分がクリスチャンで教会に行っていることを職場で話すことで特殊な扱いをされてきました。今もそうですが。しかし、だからこそ、教会や家庭生活、家族の通院、息子たちとの時間を確保させていただけたことが多かったです。そのことを思った時、私はもう一度、導かれた職場でまた一年頑張っていこうと決心が与えられました。息子たちと過ごす時間、成長を傍近くで見守っていける時間が与えられていることを感謝しつつ、大切にしていきたく思いました。そのようなことを思う中で、この御言葉が心に何度も思い起こされました。世の価値観や評価の中では、私のような歩みは決して受け入れられません。しかし、私は教会に導かれて救いを得て、主と共に歩む幸いを教えて頂いた者として、世の人々にクリスチャンであること、教会に行っていることをこれからも伝えていきたく思います。
 4月のイースター礼拝では、メサイヤが讃美され、主の復活を覚え感謝させていただきました。今年は息子たちもそのメンバーに加えさせていただき、練習に取り組みました。自宅でも曲を流して練習していましたが、なかなか音とりが難しく課題が多かったです。しかし、その中でも共に讃美させていただけたことを感謝いたします。変わらず指揮を執ってくださっている婦人伝道師、また、奏楽を弾き続けてくださっている姉妹方がいてくださり、讃美が次の世代、また次の世代へと歌い継がれています。教会が長い時間をかけて大切に積み重ねてきたものを息子たちにも伝え続けていきたく思います。  また、今年後半には、音楽礼拝とクリスマス礼拝が備えられています。そこでは、多くの幼子たちも加わって讃美がなされていきます。まずは7月の音楽コンサートと礼拝に向けて週ごとに練習が重ねられています。その働きが豊かに祝され、福音が伝えられていくように、尚祈りつつ、私たち家族も歩んでいきたく願います。

「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」 (コリントⅡ 4:16)  
(仙台聖泉キリスト教会会員)