同労者

キリスト教—信徒の志す—

巻頭言

— 教会創立の感謝 —

茂永 進


「私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主が私に何を語り、私の訴えに何と答えるかを見よう。」(ハバクク書 2:1)

 私の所属する教会は6月の創立を迎え、74年を過ぎました。本当に感謝です。私はその中で、クリスチャン家庭に生まれてから、54年の時を教会と共に生きてきました。昔の木造の教会、今の教会が建てられるまでの間、役員の経営する鉄工所の2階を仮の教会として通い、私が10歳の時、今の教会が建てられ、現在に至ります。
 私が、高校を卒業する頃までは、同年代の教会員の仲間が沢山集っていました。
教会の活動も盛んで活気に満ちていました。しかし、一人、また一人と教会を去って行きました。去って行った一人一人が、「この教会にいては、自由が無い、自分のやりたいことが制限される、強制されてキリスト教を信じるのは嫌だ。  親と同じようにキリスト教を信じることは出来ない。親を見ていて、キリスト教を信じていても幸せに見えない、親の犠牲になりたくないなど・・」去って行った方々は世にあって有能であり、人としても魅力あるように私の目には見えていました。しかし、私は、その時期にイエス・キリストの十字架を信じ、救いを受けたのです。世にあっては決して有能でもなく、人として魅力があるような人間でもありませんでした。教会の中にあっても役に立たない極めて消極的なものでした。本当に不思議としか言いようがありません。
 その後、高校を卒業し、社会人となり10年後に他教団に所属していた妻と結婚が与えられ、娘が生まれ、クリスチャン家庭として歩み続け、娘も今年24歳になります。私は、その間、山本光明先生、和子先生に叱咤激励(今思えばまさしく愛ですが)され、その後は山本嘉納先生、盡子先生のご指導のもと、妻と共にここまでの信仰生活を続けてきました。
 教会では祝福もあり、それ以上に教会の存続を揺るがす大きな出来事もありました。その都度、神は忍耐と祈り待ち望む取り組みを教会員一人一人に求められたのだと信じております。私自身も一時、大きな不信に陥り、迷いの中を歩んだ時期もありましたが、妻のぶれない信仰に励まされ、立ち直ることができました。
 私の所属する教会に残された会員の若者たちはこの10年の間に結婚が導かれ、クリスチャン家庭として先生方を信頼し、信仰生活を真摯に営んでいます。
 その家庭に子どもが与えられ、本当に子供たちであふれ、賑わう教会となりました。第二教会が出来たことで、更に子供たちの主体的な集会が開かれるようになり、幼いながらも神に奉仕する力強い姿を見る時に、神の御業の素晴らしさを感ずることであります。今年の教会のメッセージである「主の弟子となる」ために幼いころより、その取り組みの現場が備えられている恵みを心より感謝いたします。
 この子供たちが一人も欠けることなく、親の信じるキリスト教、イエス・キリストの十字架の救いを受けられるように、自身の罪を自覚し、その罪の贖いの代価を惜しみなく献げられた神の愛を、心より信じることができることを祈り続けます。そして、御聖言のとおり、私も見張り所に立ってしかと見張り、神を信じ、神の御業を見届け続ける者でありたく願います。  

(仙台聖泉キリスト教会会員)