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質問してみよう「聖書を学ぶ会」—13

 3月の聖書を学ぶ会、申命記20章が開かれ学びの時が持たれました。戦いに臨む場合のことが書かれています。20章17節「すなわち、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり、必ず聖絶しなければならない。」とありますが、ヘテ人、エモリ人・・・はなぜ聖絶しなければならなかったのでしょうかという質問がなされました。

 それは、その民の悪さがそこにあり、性的な乱れ、自分の子供をいけにえとしてささげたりと他にも主の忌みきらうことがなされていたのでイスラエルがその影響を受けて滅びるといけないからという答えがありました。神がきらっておられる、排除を求めておられることは理屈ではなく、ノーはノーであり私たちは守るべきものを豊かに守らせていただく。また物事を客観的に捉えておかなければならない。宗教は主観的になりやすいので神の秩序やその成り立ちなど学びが必要である。神はどのような形で私たちを通して神を現そうとしているのかわからないので、常に節操を持って神を畏れつつ神の主観に仕えることができる者に。そして神のために働ける者へと。今まで歩んで来た中に様々なことがあったとしても過去はその後の歩みによって変えられる。未来も今どのように歩むかによって変えられる。罪の事実は変わらないが、よくその罪がわかり子供に語ることができる。過去に打ちのめされると何もできない。過去も私たちを後押ししながら進むことができる。出た結果は甘んじで受けるしかないと語られました。

 神様の豊かな愛に寄り添わせていただきたく願わされました。

(執筆担当 茂永 和子  仙台聖泉キリスト教会会員)

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