同労者

キリスト教—信徒の志す—

聖書研究

— 救いについて(23) —

野澤 睦雄


「彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、 不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、 同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行うようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。 彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、 そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。彼らは、そのようなことを行えば、死罪に当たるという神の定めを知っていながら、それを行っているだけでなく、それを行う者に心から同意しているのです。 」(ローマ 1:22-32)

3.聖書が示す人間観・・・救いの必要、救いの内容を考察する基礎

 ・堕落した人間の姿に関する聖書の記述

<救われていない人は、神の前にどのようなものとなっているか>(R.A.トーレイ:「聖書の教え」から一部引用)(つづき)

7) 生まれながら神のみ怒りを受けるべき「怒りの子」である。
「私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。」(エペソ 2:3)

8) 神に反抗し、服従できない「肉の思い」を持っている。
「というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。」 (ローマ 8:7)

9) 「肉の思い」は神に対する敵意であって、「肉の思い」にある者は神を喜ばせることができない。
「肉にある者は神を喜ばせることができません。」(ローマ 8:8)
10) キリストの救いに与っていない人は、自らの罪と咎によって死んだものである。
「罪過の中に死んでいたこの私たち」(エペソ 2:5)

11) 救われていない人々の全集団、「世」、「全世界」は悪しき者(サタン)の支配下にある。
「私たちは神からの者であり、世全体は悪い者の支配下にあることを知っています。」(ヨハネⅠ 5:19)


<イエス・キリストによって救われなかったひとはどうなるか?>

1) 自分の罪のうちに死ぬ。
「 それでわたしは、あなたがたが自分の罪の中で死ぬと、あなたがたに言ったのです。もしあなたがたが、わたしのことを信じなければ、あなたがたは自分の罪の中で死ぬのです。」(ヨハネ 8:24)

2) すべての人は甦るが、善をおこなったひとは命に、悪を行った人は裁きに甦る。すべての人が罪を犯すので、イエス・キリストによって救われていない人は裁きにあう。
「このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。 善を行った者は、よみがえっていのちを受け、悪を行った者は、よみがえってさばきを受けるのです。」(ヨハネ 5:28-29)

3) かたくなで悔い改めない心の故に、み怒りの日すなわち神の審判が行われる日に、神の怒りと憤りが下される。
「あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに、御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現れる日の御怒りを自分のために積み上げているのです。神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。 忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、 党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。」(ローマ 2:5-8)

4) 神を知らず、イエスの福音に従わない者は、永遠の滅びの刑罰を受ける。
「そのとき主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に報復されます。そのような人々は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けるのです。」(テサロニケⅡ 1:8-9)

5) いのちの書に名が記されていない人々は、火の池に投げ入れられる。
「いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。」(黙示録 20:15)
「ただあなたがたの名が天に(いのちの書に)書きしるされていることを喜びなさい。」 (ルカ 10:20)
「いのちの書」は聖書に多数書かれています。
詩篇69:23、イザヤ書4:3、ピリピ書4:3、黙示録3:5、13:8、17:8、20:12、21:27など。
イエスを信じ、イエスに従う人の名が、いのちの書に記されることを、ルカの福音書の記事が示しています。

(仙台聖泉キリスト教会員)