同労者

キリスト教—信徒の志す—

JSF&OBの部屋

~ 聖書の学びの力 ~

森田 忍

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。これが、キリスト・イェスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」 (テサロニケⅠ 8:16-18)

  私は教会学校の成人科クラスで月に1度、担当をさせていただいています。
先日の担当ではテサロニケ人への手紙第二を学びました。
テサロニケ人への手紙第一、第二を通じてキリストの再臨について著者のパウロが語っていることでありますが、テサロニケの人々はキリストの再臨が来たと思い込み、再臨による恵みで満たされると勘違いして、自らの働きや務めを辞め生活が乱れていく様子と共に、パウロがその姿に警告を促している姿が書かれていました。パウロはキリストの再臨はまだ来ていないけれども、いつ再臨が来てもいいように日々の働きを落ち着いて励む事の大切さを書に記している所を学びました。
私自身、4月には新しい住まいが導かれ、新しい生活が始まりました、教会の先生方、兄弟姉妹には様々な面で支えと協力、背後には神の豊かな助けと導きがあり、生活が整えられていることを感謝致します。
私も職場が近くなり、通勤時間が短くなったことにより、朝食の時間を家族で共にすることができ、小さな短い時間ではありますが神の恵みがこのような所にまで与えられていることを感謝しました。働きもより整えられることで与えられる時間をどのように用いるかという大切さも示されていると思います。

 先ほどのテサロニケの手紙の中で学ばされたことに「怠惰」ということがあります。怠惰は勘違いや、自らの願いばかりを優先してしまい易くなり、テサロニケの人々が働きや自らの務めを辞めてしまうことは神の恵みや祝福に与る姿ではないと示されます。
 私も日ごとの業務に心が右往左往しやすい者ですが、信じ働き仕え続ける事が神の恵みと祝福に預かる者の姿であると思います。
 共に仕えておられる先生方、兄弟姉妹の働く姿に励まされながら、神に感謝を憶え歩まさせていただきたいと願います。

(仙台聖泉キリスト教会 会員)