同労者

キリスト教—信徒の志す—

わかふうふ、わかもん、いっしょに学ぼっ!

— ~義母の信仰~part1 —

玉城 春恵

「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」(ヨハネ 3:36)   

 同労者2月号にて、山本咲牧師を通して3人の少年たちのインタビュー記事を載せさせて頂きました。今回は、義母に。 実は、義母は信仰者一世です。どのようにして教会に行くようになり、主イエス・キリストの救いに与かることができたのか、また、義父との結婚の導きについて聞いてみました。

 まず、どのようにして教会にいくようになったかというと…。小学校3年生の時、先に救われていた12歳年上の姉に教会学校に誘われたのがきっかけでした。(その時、姉の他にも、兄と母親が先に救われていました。)それから毎週、教会学校のみ通うになりました。中学生になり、婦人伝道師より礼拝も勧められ、教会学校、礼拝に出席するようになりました。
 主イエス・キリストの救いに導かれたきっかけは、中学生の時に出席した夜の特別伝道会でした。他教会の牧師先生を招いてのメッセージがありました。その中で、「あなたがたの中で人を憎いと思ったことがありますか?」「人の肉体を殺していなくても、心の中でそう思ったことはありますか?そう思っただけでも、殺人の罪なのですよ。」というお話をされた時、それは私ではないかと感じたそうです。「示された人は、前に出て下さい。」という招きに、義母は、素直に示さるまま前に出て、お祈りをしてもらいました。その祈りの後、一人の姉妹から、示された罪をメモに書いてくるように勧められ、思い出すまま書いて次の夜の求道者会で提出したそうです。その時に、手の平に聖書を1冊、2冊、3冊と置かれ、この重みが私達の抱えている罪であること、この罪を取り除くために主イエス・キリストが身代わりになり、十字架にかかって下さったことを信じますか?と問いかけられ、義母は、「信じます」と告白したそうです。その後、次の礼拝の中で、洗礼式があり、受洗に与かりました。
1960年11月20日。13歳。その時に与えられた御言葉が冒頭の聖句であります。

 義母との対話を通して、私は、自分自身が救われた時のことも同時に思い出されました。私も信仰者一世です。家族や職場の人間関係など、いきづまりを感じ、そこからの解放、助けを求めて教会の礼拝に通い始めました。しかし、そこで向き合わされたのは自分自身の罪でした。特に私は家族に対する傲慢な思いを示されました。それから牧師先生との聖書の学びをし、イースター礼拝の中で受洗をさせて頂きました。もう一度、私達に注がれている十字架の愛を覚えさせて頂き、義母と同じ信仰の中を共に歩ませて頂けていることを感謝いたします。

 新居に移り住み、始められた同居生活も6年が経ちました。7年前から始められた透析の治療も、今も変わらず週3回。空いた時間はデイケアに通い、リハビリやマッサージを受けながら、体力維持に取り組んでいます。その日その日の体調に応じて、治療がうまくいくときもあればそうでないときもあり、日々繰り返される生活の中で心が沈む時が多々ありますが、いつも共に歩んで下さっている主を仰ぎ見ながら、変わらず祈り続け、週ごとの礼拝や祈祷会の出席を大切にし、備えている義母の姿に私達、また子どもたちは励まされています。
実は、義母は朝5時前には起きています。私より早いです。いつも聖書を読み、祈っています。その変わらない積み重ねが玉城家を支えていることであります。尚、私も祈りながら、これからも義母と共に歩ませて頂きます。次は10月号。義母の結婚の導きについて書きます。

(仙台聖泉キリスト教会 会員)