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—  質問してみよう「聖書を学ぶ会」報告-144  —

山本 咲


列王記Ⅰ 14章

 これまで列王記を取り上げてきたが、この章から南北王国の歴史となる。今まではダビデやソロモンの時代が重点的に取り上げられていた。ソロモンが王として支配していた時代の最初は良かった。しかし、彼が多くの妻たちによって神から離れたことで、だんだんと国は滅びへと向かい、最終的に二つに分かたれた。ヤロブアムという人物はアヒヤという預言者を通して神に選ばれ王となった。しかし、彼もダンとベテルに金の子牛の像を建てるという偶像礼拝を引き起こしてしまった。そのことが大きな罪として語られている。何度も語っているが、サムエル記と列王記は預言者たちが記したものである。その働きを預言者たちが代々引き継ぎ、彼らは神の御心をとらえ、ここに記したのである。だからこそ、さまざまな記録が記されていても最終的に詳しいところは年代記の書を見るようにと語っている。というのは、事実起こった出来事のなかで本当に必要な部分のみを抽出して記し、それ以外の事柄は省いているのである。
彼らが記したのは、ヤロブアムが罪多きものであり、悔い改めるということをしなかったという事実である。そしてその結果、彼は滅びへと向かったのだということである。
 先月の学びの中で彼が預言者をとらえるようにと語って伸ばした手がしなびたということや、そこから預言者に祈ることを求め、それがかなえられると手が治ったことを語った。このことがらに神の憐れみがある。しかしそれだけの愛が彼に注がれ、求められているにもかかわらず彼自身は悔い改めず、神の道に立ち返らなかったことも併せて語った。今日のところでもそのような点において厳しい問題が描かれている。それは彼の息子が死ぬという出来事だ。注目したいのは子どもの死ということもあるが、その子がヤロブアムの家において唯一神を信じ、御心にかなっていたということである。その言葉からある程度の年齢と、霊的営みがなされていたのだろうことが考えられる。その息子の存在はヤロブアムにとって安堵する存在だったに違いない。確かに厳しい裁きの予言はなされていた。しかし彼の息子がその神の道を歩んでいるからこそ、彼はどうにかなるだろう。神は息子を後継として認めてくださるだろうと自分は悔い改めないにもかかわらず、高をくくっていたのだ。しかし、そうはならない。結果として彼はその後継者を失うという出来事に直面するのである。  神は悔い改めを求めるだけでなく、もしそのようにするならば、大いなる回復と恵みを与えられる方である。しかし、彼はそのような道に歩まず、偶像礼拝によって神への悔い改めを拒み、赦しを請う神すらも見失っていたことがこのところで強調されるのである。  私たちも偶像礼拝を見える形でするということはないが、そのような対象を作ってしまうことに畏れていかなければならない。
彼は息子のことでアヒヤのもとに変装した妻を送ることにする。彼自身が行けばよかったのにもかかわらず、彼は行かなかった。そればかりか、妻を変装させて送ったのである。いかにヤロブアムという人物が愚かであるかを表している。これまで礼拝の中で多く勘違いや、愚かしさということを取り上げてきたが、このような姿を見るときに彼自身が回復を与えられる道からあえて遠く離れていることがよくわかるのである。預言者は神の権威のもとにその罪を示し、悔い改めへと導く存在である。それは召しを喜ぶ働きである一方で大いに畏れていかなければならない。それは信仰者として求道者へ伝道をしていく私たち一人ひとりにも言える。先月、神の人の姿から、畏れ、神の御心の中に歩み、働くべきであるそのような存在が、神の言葉からそれてしまうという姿を取り上げさせていただいた。同じように私たちも畏れながら神の道に歩まなければならないのである。
 ヤロブアムの問題に戻っていくが、彼は厳しい裁きを受けなければならない。こののちクーデターのようなことが起こり、彼の家は滅びる。  一方南ユダ王国はソロモンの子レハブアムが国を治めていたが、ユダも整っていたわけではない。神殿やそこでの神礼拝があったにもかかわらず、その状態は極めて悪かった。ダビデ、ソロモンで栄華を極め、平和であった国にもかかわらず、次の代にはエジプトに攻め込まれるような出来事が起こっている。その栄華も平和もひとえに神の恵みであり、それがひとたび崩れ去れば、あっという間に倒されてしまうのである。
 私たち人間は本当に愚かしさや罪深さのなかに生きているということを恐れていくべきだ。それと同時に愛と哀れみの神を慕い求めていかなければならない。新約の時代に生きる私たちも一方的な憐れみによって救いへと導かれた。新約の憐れみがどれほどのものであったか。罪ある存在を救うために神がとられた手段はその罪の裁きの身代わりとして愛する独り子をささげることだった。滅び行くしかないそんな罪深い存在の代わりに愛されるべき罪なき方が命を落とされたのである。だからこそ私たちはそのようにして与えられた生涯を神に従って生き続けていくことができるかと問われているのである。人間である以上罪を完ぺきに回避することは困難である。しかし、私たちを愛するゆえにそのいのちを捨てられ復活を見せてくださった方のために、悔い改めをもってなお神と近くありたく願う。 

Q:先日の礼拝の中で、「人々から見える良い姿のようになることが良いと思いやすい。しかし、媚びてはいけない」と語られていました。私もそのように自分が生きやすいと感じます。世の中の人と生きる中で自分の行動が相手に悪い受け取りをされてしまうのではないかと思ってしまうのですが、どのように改めていけばよいのでしょうか。

A:本来私たちは愛をもち、同時に隣人を尊びながら歩むべきだ。だからこそ決してそのような人たちを邪険に扱ってはいけない。相手を愛するゆえの行為自体は媚びるということではない。媚びるというのは自分の利益や保身を気にするゆえの行動である。つまりそのような不純な動機で物事を進めてはいけないということだ。神のみ旨を生きるということを私たち信仰者は行う必要がある。それは自分のためではなく、神の栄光のために生きるということである。
 私たちは最終的に周りの人にかかわる際に相手を愛して関わることができるか、愛を実行していくことができるかが重要である。愛することとは相手の言うままに相手が行って欲しいようにすることではない。相手にとって本当に必要なことを行う、それが愛である。
 そのなかでも私たちにとって困難が伴うのは罪を指摘するということだろう。もちろんそれは相手の弱さや悪いところをあげつらうような行為ではない。相手を思うがゆえに悔い改めるようにと迫ることである。それは一方で指摘するのはやめてと言われてしまうようなことや、迫害のような扱いを逆に受けるときもある。だからと言って波風立たぬよう、礼儀正しく、なんでもかんでも受け入れてご機嫌取りをしてはいけない。ただ、そのような指摘が相手とのかかわりの中でよい関係性を築いていけない状況を作り出すこともある。聖書の語る隣人の中でも私たちが特に大切にするように示されているのは、やはり身近な家族や友人である。しかし私たちは恐れのゆえにせっかくの子どもとの関係を崩したくないからその罪に触れられない。恐れて見て見ぬふりをしてしまうということもある。それこそ自己保身的な罪の姿である。キリストの福音の愛は私たちの救いのためである。

Q:今日の聖書箇所でヤロブアムが悔い改めをしなかったことが取り上げられましたが、妻に変装させてということなどのことから彼には罪の意識があったのではないかと思うのですが、どのようにとらえればよいのでしょうか。

A:悔い改めは同時に様々なものを被らなければならない。厳しい叱責や、罰に当たること、恥ずかしい思い、自分の罪、愚かさを明らかにしなければならない。彼にはそれが耐えられなかった。悔いるだけでことは終わらない。祭壇で手がしなびたときに祈って治してもらったこともあるから、そこでいわゆる悔い改め的な行為がなされたのではとも考えられるが、そうではない。彼は本当の意味で悔い改めるということを行わなかった。結局その場しのぎのようなものだった。だからこそ、このような事態に陥ることになった。たらればということはないが、彼が本気で悔い改めていたなら、彼の息子も亡くならなかったかもしれない。出エジプト後40年の荒野の生活の中に置かれたイスラエルの人々は悔い改めることを求められた。彼らが神を信じ、本当に悔い改めてその40年という期間の中で愛するものを信仰者へと育てていけるかが重要だったのである。自分の愚かさを口にし、それをもって神の救いを語り、証しするのだ。ヤロブアムはこのようなことができなかった。彼は確かにその意味で子どもを信仰者には育てた。しかし、そこにはやはり純粋な悔い改めではなく、策略があったこと、自らはその道に結局立ち返らないという頑なな心をもってしまって、神から遠ざかったのである。この息子の死を直面したのちの彼の行いは傍から見れば、何をしたかったのかと思うほどの行動である。自分を王にしてくれた預言者だから何とかしてくれるのではないかと思っているかのようだ。それでいて、本気になって息子を助けたかったのなら、恥も外聞も捨てて、彼は心から悔い改めるべきだったのだ。彼は自分が一番で、様々な手は打ったものの、結局妻に変装させていかせるという行動に出た。神の権威をもった人物の心に付け込もうとしているのだ。私も牧会者としていい人になってはいけないと思う。確かに神は愛だ。そしてキリストは救いである。しかし、それだけで、罪あるものをまるで罪がないもののように扱っていては牧会者としてその召しを果たしていないことになる。そして、そのように中途半端な判断を下すことで周りのものを惑わせるということも懸念していなければならない。もちろんこれは牧会者にだけ当てはまる話ではない。愛するものを救おうと願うなら、私たちは中途半端に寛容であってはならない。それは愛でも何でもない。自らが罪を畏れ、神とともに歩もうとし、その子どもが信仰を持つことを願うからこそ本気で取り組むのだ。そうでないとすぐに見抜かれてしまう。だから本気になって罪やキリストの救いを証しする必要があるのだ。子どもに注意をする際には「神から与えられたこの子どもの親という権威」のもと躾ていかなければならない。ここに畏れを持っている必要がある。 ヤロブアムの行為は完全に的外れである。私たちも気を付けていかなければならない。そうでないと傍から見たときにいかに愚かな行為かと思えるようなことを平気で行うような者になってしまうのである。

Q:へブル人への手紙11章19節に「彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。」と語られていますが、礼拝の中でも神から豊かな繁栄と財産というものをイサクによって与えられるという約束がなされていたのにもかかわらず、真の謙遜によって神がすべてを備えてくださるということを信じ、モリヤの山でイサクをささげたと語られていました。死者をよみがえらせる力があるという信仰を持っていたことが彼の謙遜の現れだったということでよろしいのでしょうか。

A:これはへブルの記者としてのアブラハムの信仰を表した箇所である。神との契約上でアブラハムの子孫はイサクによって繁栄していくことが約束されていた。ということはイサクがいなければならない。にもかかわらず、イサクをささげなさいという命令があったのだ。一見矛盾したように考えられる。しかし、そうではない。モリヤの山への道中でもイサクが「薪と火はありますが、いけにえはどこにあるのか」と問われたときに「神が備えてくださる」と語ったのである。この個所を読むときにアブラハムは、決してその場しのぎとしてこの答えをイサクに伝えたのではなかった。彼自身確かにその信仰をもってイサクに証しているととらえられるのだ。この告白によって彼の信仰が豊かにあらわされている。神が備えてくださるということは、彼自身がこれまでの信仰の歩みの中で育まれたその関係性ゆえに確信してのことなのだ。もちろん彼は神が備えてくださるからと怠惰に生きるようなものではなかった。むしろ限りない努力をもって歩んできた人物である。ただ、その努力では埋まらないものをこそ神は備えてくださると彼は確信していたのである。だからこそ彼は神が私たちを贖われ、生かし、導いてくださると語ったのだ。アブラハムはモリヤの山で本気でイサクを屠ろうとした。その行為は形だけのものではなかった。確かにいのちをささげようとしたのだ。神はそのいのちをもう一度お返しになることができると彼が信じていたからである。これこそがへブルの記者の信仰のとらえ方である。それはイエス・キリストの型つまり比喩であるとされている。キリストを死者の中からよみがえらせる力が神にあることを示すためであり、そのことを表すために語られているのである。信仰とはその時に急に表わされるものではない。日々の中で長く培われたものなのだ。またアブラハムは22章のところで、翌朝すぐに動き出していることが書かれている。神から自分の息子をささげるようにと語られて次の日である。そこにも彼の信仰が確かであったことが表されている。また僕たちと別れた際に、「私たちはここに帰ってくる」とアブラハムは告白している。これもまた彼の真実なる信仰の告白あり、謙遜そのものである。神は何か必要があるならそれを備えてくださり、決して契約を違える方ではなく、全能の力を持っておられるという信仰が彼によってあらわされているのである。またこの後にイサクの嫁を捜しに行く記事も彼の信仰を豊かにあらわしているが、このモリヤの山での出来事はアブラハムの信仰がどれだけのものかを明らかにした。神がアブラハムを試みたとしてこの出来事は書かれている。ただ実際には神がアブラハムの信仰がどれだけのものかを明らかにした出来事であったと私はとらえるのである。
 私は年齢を重ねた話をしているが、肉体と心は別物であると感じている。体も思考も衰えるが、営みを続けていると心は若々しくいられると感じている。聖書を裏付けとするなら、アブラハムのこの晩年はそのような信仰、心の豊かさが現れているのだと感じる。それを獲得していくためには若いうちから神との交わりの中に自らを置いていくことが重要である。そして、その中で感謝する出来事にも出会い、苦難も受けながらだが培っていくことができると感じる。その繰り返しの中で心が柔軟になっていくのである。常にストレッチをしていないと体が硬くなってくるのと同じように、心も豊かなコミュニケーションの中で柔軟にしていくことができるのである。

Q:先ほどのお話の中で心を若々しく保つことができていると語られていましたが、具体的にどのようなことでしょうか。

A:私がイースターの説教のために聖言を与えられるようにと備え祈っていた時ヨハネの福音書15章13節「人がその友のために命を捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません」という個所が導かれた。これはどちらかというと復活というよりもキリストの十字架に対する聖句である。私はこの聖句に関してネットで検索をかけた。するともと改革派であったが後に救世軍に入られたある先生がが寄宿舎のようなものを作ったという話がでてきた。そこに一人の男の子が、入ってきた。その子はいわゆる発達的に困難を抱えた子どもだった。彼はもちろんその子を受け入れた。しかし、その学校に来ていたほかの子どもたちからその子を追い出してほしいといわれたそうだ。それはその学校自体が発達の遅れた子の通うところであると思われ、そこに通う他の生徒たちもそのような評価を受けるのではないかと思うゆえであった。しかしその先生は「キリストは1匹の羊のために99匹を野において捜しに行かれたのだから」とその一人の子を追い出すということはしなかった。その結果その抗議した者たちが皆辞めていったのだという。私はこの記事を読んだときに人間の悲しい姿を思い、同時にきっとその始まりは差別するつもりもなかった人のたった一言出てしまった言葉だったのではないかと思う。そのような子どもの通う学校というような言葉がそこに通う子どもたちの耳に入ってしまったのだろう。そして、自分たちまで貶められたような気がしてしまってこの学校の品格が下がるので追い出してくれと言ったのだ。私もこのような記事を読みながら、私が同じ立場でもやはりその一人を追い出したりしないだろうなと思いながら、この記事を読み終えた。ただ先日、私も自分の無意識下で行われた差別に気づいた出来事があった。実は副業の仕事場で3月31日にやめる方がいた。その人はいろいろな弊害がある人だったがそのような扱いをしてもいいものではなかいとは考えていた。ただ無意識下でこの人がいなくなればいいと差別してしまった自分に気が付いて失望した。私はその人に毎朝挨拶をしていたが、その人がいなくなると分かったとたん挨拶をやめていたのだ。ちょっと利害が絡んでいるから挨拶していたのだと気が付き、自分の心の小ささを見出した。ただ私はその事実を受け入れられる柔軟さがあった。年をとると開き直りが早くなる。それは周りからの影響がそんなに多くないからだ。しかし、開き直ることなく、自分自身を見つめなおすことは絶対に必要である。これは心の若さを保つためであると思う。そうでなければやはり開き直って終わった出来事だろう。しかし、実際は開き直っているようではいけない。それは謙遜からほど遠い行為である。私がこのようなことを維持できているのは自分の考えを語りながら誰かとコミュニケーションをとって確認しているからだろう。謙遜でなければコミュニケーションも難しい。それを通して、愛していくことができる。そのような機会を通して、自分の心を見つめなおしていかなければならない。当然、それは神の豊かな憐みの御業である。
教会の中で多くの方がこれはしてもよいかと思うことに出会うと私に確認して進めている。私は大変大切なことであると考える。私はそのような役目も担っている。信仰生活は個人のものだが牧会者を通し、神に是認していただき、事を共に進めていくのである。その務めを全うできるよう謙遜と悔い改めをもって私自身も歩ませていただきたいと願う。

 今月もよき学びの時が与えられたことを感謝し、神とともに歩む日々をなお信仰をもって送らせていただきたく願う。

(仙台聖泉キリスト教会 牧師)