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キリスト教—信徒の志す—

聖書研究

— 救いについて(56) —

野澤 睦雄


「アブラハムはベエル・シェバに一本のタマリスクの木を植え、そこで永遠の神、主の御名を呼び求めた。」(新改訳2017-創世記 21:33) (タマリスクは、日本聖書協会口語訳、共同訳ではギョリュウ、新改訳第三版まではヤナギとなっています。タマリスクとギョリュウはおなじものですが、ヤナギは別な植物です。)

4.救ってくださる神

 前回、
「神は霊です」ということを取り上げました。今回は、
 「神は永遠です」
ということについて考察しましょう。
神を「永遠の神}と呼んでいますが、この「永遠」ということばが聖書ではどのように使われているか見ていきましょう。
「神である主は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」」(創世記 3:22)
この永遠は、時間がいつまでも、無限に、経過することです。
「わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」さらに神は仰せられた。「わたしとあなたがた、およびあなたがたといっしょにいるすべての生き物との間に、わたしが代々永遠にわたって結ぶ契約のしるしは、これである。わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。 わたしは、わたしとあなたがたとの間、およびすべて肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い出すから、大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。」(創世記9:11-15)
この永遠は、何年経っても無限につづくという意味です。
「わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。」(創世記17:7)
神がアブラハムと結んだ永遠の契約で、代々いつまでもという意味です。

 聖書は「永遠」ということばを、時がいつまでも続く意味以外に使っていません。
「永遠のいのち」も「永遠の救い主キリスト」も同じです。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ 3:16)
「しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。」(ヘブル 7:24)

(仙台聖泉キリスト教会員)