同労者

キリスト教—信徒の志す—

JSF&OBの部屋

主にある連帯

石井 和幸

「終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。」 (コリント II 13:11)

 「一度でいいから、若い人たちにユニフォームを着せて、野球の試合をさせてあげて下さい」
 父が今の私と同じ年齢だった頃、教会の婦人伝道師から依頼を受けました。・・・父は教会で野球チームを結成し、監督に就任しました。みんなでユニフォームを着て試合をし、一度どころか、毎年かかさず試合と練習をし、もうすぐ30年なります。
 今年になって、サッカーのユニフォームが出来ました。3月に近隣の教会と試合をすることになったのです。上下、ソックスを揃え、ゴールキーパー専用のユニフォームも揃えました。そして3月8日、初のサッカー対外試合が行われ、接戦・熱戦になりました。 「まるで中総体だよ!!」 サッカーが上手ではない人も、とてもたくましく見えました。教会の子どもたちの中には、部活で本格的にサッカーをやりたかった人もいたかもしれない。けれど、教会を大切にした子どもたちに、神は大きなプレゼントを下さったのです。それは、普段教会生活を共にしている、心通じ合う仲間と同じピッチに立ち、試合という緊張感の中でヒーローになるということでした。そして改めて、主にある連帯を強めることができました。
 また私たちの教会では3月22日、久しぶりに、市内のホールを借りて伝道コンサートを行いました。教会の青年、中高生のバンドが出演しました。・・・コンサートホールは、ステージ・舞台裏・観客席とはっきり分かれています。ステージに立つ人、裏方として支える人、観客席からの拍手と、共にコンサートを創り上げる意味での舞台袖からの拍手。教会堂でのコンサートとは違った風景があります。そして、(教会は敷居が高いが、コンサートホールなら・・ホールを借りてまでコンサートをするなら、観に行ってみようかな)と、普段とは違った伝道のアプローチが出来るメリットがあります。そのかわり、かなりの練習と、経済、そして舞台裏でのスタッフのチームワークが必要となります。今回のコンサートも、主に祝福され、多くの祈りに支えられ、携わった人同士の絆を深める大変感謝な時でした。
 サッカーの試合に出た人も、コンサートに出演したバンドのメンバーも、全員クリスチャン3、4代目でした。ここに至るまで、牧師先生方をはじめ、多くの信徒の祈り、血のにじむような愛の労苦があったことを覚えます。子どもたちが神と出会い、教会の主役となっていく・・・そして、教会においてまことのいのちを見いだし、未来をともに歩む同労者を見いだすことを、私たちはこれからも祈るのです。
子どもたちをステージに・・・私たちの教会の第二代主任牧師である山本光明先生は、就任して間もなく、祈祷会に家族で参加することを推奨しました。やがて自らウッドベースを持って、中学生と一緒にバンドを組み、またバーベキューやラーメンパーティーを開いたりもされたと聞いています。野球部が盛んになるのと並行して、バンドによる音楽伝道も盛んになり、今に至っています。
 現代の教会において、信者が定着しない理由の一つに、「聖書からのメッセージは恵まれるが、教会内の人間関係につまずいてしまう」ということがあるそうです。主にある連帯どころか、いつのまにかどこかの会社の給湯室で話されるようなうわさ話、誤解が教会にも生じてくるのです。特に子どもはそれに対して敏感です。・・・私たちの教会にも、さまざまな価値観が交錯したり、「教会活動に関わることによって、子どもの勉強に影響が出たらどうするの?」と言う親がいたりという時代もありました。
 私は、そのような時代を経て、「子どもは、親を信じることができなくて、どうして神を信じることができるだろうか」ということを神から示されたチャレンジとして受け取っています。家庭に父権が確立し、家族が助け合って生きるように、教会も神から遣わされた牧師のメッセージに生きること、そして互いの賜物と立場を認めあい、ピッチに立つ人、ステージに立つ人、裏方になる人。福音のために自らはどうすべきか伺い、確認しつつ励む者に、真実をもって神と人に仕える者になる・・・これが私たち夫婦の課題であります。
 恥ずかしい話ですが、私は若い頃、野外伝道コンサートがあるたびに、ひとりで頭に血を上らせて、ともに仕えてくださる人に感謝せずに準備・出演をしていました。けれどもこうして、今回のコンサートでは裏方として、他のスタッフと思いと祈りを一つにしてステージに出演者を送り出す立場になりました。主にある連帯の豊かさを教会の方々とともに味わうことが出来、大変感謝いたしました。
 聖泉誌(私の所属する教会連合の機関誌)に家内の証しが掲載されました。それを読みながら、今後もなお夫婦が祈りあい話しあって連帯し、主にあって一致していくことに取り組んでいきたく思いました。
(仙台聖泉キリスト教会 会員)

Valid XHTML 1.0 Strict