同労者

キリスト教—信徒の志す—

巻頭言

— 更なる信仰の高嶺を目指して —

茂永 進

「彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、神に約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。」
(ローマ4:20-21)

 私はこの年も神より上記の御聖言を与えていただき、ここまで信仰生活を歩んでくることが出来ました。家庭においては、母が一昨年より教会へ行かなくなり、加齢による様々な体の不調に悩まされる日々を送っていますが、お休みとなった8月の聖日に家内の提案で家庭礼拝を持つことが出来、母も参加して共に讃美と祈りをもって神へ心からの礼拝を捧げる機会を与えて頂きました。どの様な状況であっても、あきらめずに家族としての信仰の営みをこれからも続けさせて頂きたく願います。
 また、この年、私が年頭の御聖言とともに、仕事の独立の問題を祈り願い求め続けてきました。独立することは、経済的な安定を思えば大変リスクのある事ですが、私の今後の人生の歩みを神の御手の中で家族、教会と共に更に豊かなものとさせて頂きたく事として、主任牧師に相談し、祈って頂きながら、具体的に実現出来るところまで導かれてきたことを心より神に感謝しています。ここまでの私の歩みをもう一度思い起こしますと本当に神の御手の業がなされてきたことを実感しています。
 私は10年前、高校卒業後15年勤めた廃棄物処理の会社を退職しました。私は当時、グループ会社へ出向し、会社の経理全般を任されていましたが、グループ会社の経営者の不正に耐えられず、その片棒を担ぎ続けることが神への不信実であり、信仰者として神の正義を全うすることが出来ないとの思いからの決断でした。その後、人材派遣会社へ入り総務・人事の仕事として2年間新卒採用のため、全国を巡りました。出張の無い経理関係の仕事をもう一度したい思いから、会計事務所への転職が出来ましたが、所長の求める仕事が出来ていないということで1か月半の試用期間で辞めさせられました。この時は精神的にも自分を追い込んでしまい、失意の日々を送りましたが、夏休み期間中の小学1年生だった娘と一緒に遊んで共に過ごすことが私の大きな慰めとなりました。この時も主任牧師に相談し、祈って頂き、今の会計事務所に導かれました。そして入社してちょうど1年が過ぎた8月下旬の聖日の午後、教会での野球の紅白戦で左足を複雑骨折し、約2か月入院する大きな出来事が起こりました。私はこの間の家庭の経済がどうなってしまうのか、なぜこのタイミングでこの様な事が起こってしまうのか、心の底から悩みました。しかし、神は大いなる御手の業をなして下さいました。この入院の期間も退院後の2回の手術による入院の期間も所長の計らいで、満額給与を出して頂くことが出来たのです。私の家庭の経済は守られ、大怪我をした左足も回復し、何事もなかったように、もう一度野球が出来るようになりました。仕事も誠実に、期日期限を守る姿勢を積み重ねることで担当先の信頼関係を築き上げ、会計に対する技術も身に着けることが出来ました。反面、担当先が増え、多忙な日々を送るようになり、ここ数年は礼拝・諸集会の出席もままならない生活を送らざるを得なくなりました。しかし、こうした状況にあっても神は、私に大いなる御手の業をなして希望を与えて下さっています。
 この先の私の人生を見据えた時、私の信仰を受け継いでいくことを願う娘の将来への礎石となることやこの教会に於ける経済活動の担い手の一つとなっていけることを願いつつ、信仰の更なる高嶺を目指して進ませて頂きたく願っています。

(仙台聖泉キリスト教会 会員)