同労者

キリスト教—信徒の志す—

巻頭言

— 激動なのか? —

山田 大


「Be still, and know that I am God」(詩編46:10 New International Version)

 もうずっと以前のことですが、山本嘉納先生が「信仰の生涯の力点が失われていくと、そこからの人生は信仰者にとって余生になる」というようなことを仰っておられました。数年前の私は正にそのような状況で、子供たちが救われ、恐らくこのまま子供達にもクリスチャンとの結婚が与えられ、うまくいけばいつか息子夫婦と同居して、今の家をリフォームし、息子たちに母屋を譲って、私たち夫婦は両親が住んでいた離れを綺麗にしてそこで老後をのんびり暮らしていけるのではないか、そんな風に漠然と考えていました。
しかし、もう2年半が経ちますが、娘の結婚に関しての一連のことがら辺りから様相はだいぶ変化して来ました。あたかも神が私の人生を揺すぶっておられるように思われました。

今年、ここまでを振り返ってみると、私たちの教会にとっても大きな事柄がいくつか起きた年でした。3月には新たに牧師として山本咲先生、伝道師として山本更先生が就任され、その後すぐに山本光明先生の召天という大きな出来事がありました。ほんの一週間前に病床にて、前述のお二人の若い先生方に手を置いて教職就任のための祈りをなさったばかりでした。先生が天に召された日の午前中に私は妻と娘と一緒に先生のお部屋にお見舞いに伺いました。ベッドの傍らで「大です」と少し強めの声で声をお掛けしたら、お顔は反対側を向かれており意識も朦朧としておられた先生がググっと驚くほど素早い動きで向きを変えて私の方を向かれました。その時の先生の目にはいつもの鋭い輝きがあったように私には見えました。その先生の勢いに気圧されるように私の心には自分の言うべき言葉が沸き上がり、先生の手を握って「先生が建てて来られた教会は必ず守って行きます。大丈夫です」と最後にお伝えすることが出来ました。娘も数か月前の同労者に書いていましたが、驚いたことに帰り際に妻が珍しく「おじいちゃん、天国で待っててね」と最後の別れかのように言ったのです。いつもは父親が元気になることを願い「また来るからね」と話しかけていた妻でした。しかし先生はその言葉に対し、病人とは思えないほどの力強さで私たちに大きく手を振って下さいました。

 先生が召天された後は、新会堂(第2教会)の物件取得の働きに忙殺されました。昨年、宗教法人が銀行融資を受けることが非常に困難であることが判明した後、昨年の同労者に書かせていただいたように何とか私たちの家庭が用いられることを模索し続けたこの一年でした。手探りの中で、自分の思う新教会にふさわしい「物件像」というようなものが二転三転し、あらゆる可能性を確かめ、不動産の検索と内覧を繰り返しましたが、なかなか良い物件に出会えず、見つかったと思うと既に別の人に先を越され、良い物件を抑えたと思ったら、やはり銀行融資のことが難航し、思い悩んで眠れない夜にはどうしてこんなに苦しまなくてはならないのか、と目の前の難局に翻弄されて霊的にも良い状態とは言えず、様々なネガティブな思考に陥っていきました。(今住んでいる家には十字架付きの集会室もある。この家を新築同様にリフォームしたとしても新たに購入するよりは遥かに安く済むではないか。何故ここではいけないのか)しかし、神が新しい地に踏み出すことを望んでおられるのだ、と信じて前進する方向へ自らを鼓舞しました。

 ようやく銀行融資の審査が通り、物件の取得が本決まりになった時、嘉納先生が教会の皆さんにそのことを披露してくださり、この一連のことがらに対する喜びとして、このことを持って信仰の継承が表されていることを語ってくださいました。その言葉が私の霊に響いた時、目の前が開かれ、困難な現実ではなく、全ての上に伸びておられる神の御腕が見えたように思いました。若い先生方の就任も、光明先生の召天も、第2教会を廻る私の苦しみも、そして今私が抱えているその他の苦悩も、すべてこの教会に「信仰の継承」というメッセージを下さった真実の神が支配しておられる、激動のように見える目の前のことがらがすべて静まって、ただそこに神であられる方がおられる、私はただこの全能の御腕に信頼すれば良いのだ、との深い納得がありました。
 まだまだ戦いは続き、またしても弱く揺るがされる自らを嘆く時が繰り返されるかも知れません。しかしあの力強い御腕を思い出し、前進を続ける者であらせていただきたく願います。

(仙台聖泉キリスト教会 会員)