論説
— 創世記9章 —
<聖書を読みましょう>
「それで、神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。 野の獣、空の鳥、──地の上を動くすべてのもの──それに海の魚、これらすべてはあなたがたを恐れておののこう。わたしはこれらをあなたがたにゆだねている。」
(創世記 9:1-2)
はじめの「それで」ということばは、8章最後の、主が、ノアがささげた「全焼のいけにえ」を受け入れ「そのなだめのかおりをかがれ」、心のなかで「「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。・・わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。・・」と言われたことを受けています。
「さあ、わたしはわたしの契約を立てよう。あなたがたと、そしてあなたがたの後の子孫と。 また、あなたがたといっしょにいるすべての生き物と。鳥、家畜、それにあなたがたといっしょにいるすべての野の獣、箱舟から出て来たすべてのもの、地のすべての生き物と。 わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」
神はこのとき「箱舟で生き延びた人々とその子孫」および「生き延びたすべての生き物とその子孫」に対して、地上全体を洪水で滅ぼすことはしない」と約束・・契約・・されました。そして、その証拠として「虹」を見せられました。私たちも虹をみて神がそのときなされた契約を信じましょう。
更に彼らを祝福し、「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。」と言われました。
また食物として植物だけでなく「すべての生きて動いているもの」を食べてよいと言われました。条件として「血のままで食べてはいけない」と付け加えられました。後にイスラエルに対してモーセの律法が与えられて、動物の肉を血のまま食べてはならないことが明文化されましたが、神はモーセの時に決められたのではなく、ノアの時にこれを決められたのでした。
血のまま食べてはならない理由は「血はその動物のいのちであるから」です。
イエスが十字架上で完全に死んだことの証拠として「兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。」(ヨハネ 19:34)とかかれていることから、イエスの「血が死んで」血漿と水に分離していたことが取り上げられます。
創世記9章の最後の部分にはノアの失敗と、ハムが父の恥をおおわなかったことが書かれています。
しかし、ハムでなくその子カナンに「のろわれよ。カナン。」と言われていますが、カナンが何をしたのかは全く書かれていません。