同労者

キリスト教—信徒の志す—

わかふうふ、わかもん、いっしょに学ぼっ!

— 神の恵みは豊かです。 —

山田 行

「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」(コリントII 6:2)

 4月は母の76才の誕生日がありました。5月は義母の80才の誕生日がありました。それぞれに私の人生において本当に大切な人達であり多くの影響を与えてくれた母たちです。幸いなことに2人とも健康も守られて共に信仰生活を送っています。歳をとるということは、色々と大変なこともあるようで昨日まで元気でも今日の朝は具合が悪くて起きられないこともあります。気をつけてはいますがちょっと転んだだけでも、何週間も痛みがあったり、一遍に思うように動けなくなります。心や気持ちは、まだまだ出来ると思っていても身体が言うことを利かなくなり、一つ諦め、また一つ諦めていく、このままどんどん出来ていたことが出来なくなるのかと心配にもなる様子を見ながらいます。しかしどんなに具合が悪くても身体に痛みがあっても、「礼拝だけは、教会の行事は大切にしたい。」と言いつつ準備をするのです。
 その神に対する姿勢を崩さない強い思いに、私は本当に頭が下がります。仙台教会のお年を召した方々にも同じ思いでいます。上記の御言葉の「今」という言葉に私は心がひきつけられます。私たちにはまだ10年後は、とか将来どのようになるにかなどと心配をしますが、この長老たちは今、神の前にどう生きるかがとても大切で、、来週はもしかしたら出られないかもしれないという思いでいつも緊張して、この一回の礼拝に出ている姿があります。今年の仙台教会でのキャンプも参加することが出来ました。ちょうどキャンプの2日前に義母は部屋で転んでしまい一遍にキャンプへの参加が不安になったようでした。しかし無理をしないでみんなが助けてくれるからということで参加でき、「本当に楽しかった」と満面の笑みをしていた時は、神の豊かな恵みを感じました。
 今を大切に生きる。神との永遠の関係は続きますが、この与えられた生活は永遠ではなく限られた時間があります。その中でどのような思いや考えで生活するのでしょうか。まずは、感謝を神に捧げること。神が与えてくださった隣人のため、教会のため福音のために祈り、与えられた今を精一生きたいと思いました。そして私の子供たちにもおじいさん、おばあさんたちの最後の戦いを、穏やかな中にも精一杯神に仕えている姿をよく見てほしいと願っています。
(仙台聖泉キリスト教会 会員)

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