同労者

キリスト教—信徒の志す—

論説

— 教会の風土の改善 —

「あなたがたは、私のこのことばを心とたましいに刻みつけ、それをしるしとして手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。それをあなたがたの子どもたちに教えなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、それを唱えるように。これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。」(申命記 11:18-20)

 本誌116(本年6月)号の論説に「日本のキリスト教は、人口比率1%弱がずっと続くという低迷状態が、なぜいつまでも続いているのでしょうか」というテーマを取りあげました。日本のキリスト教界は、もう50年も同じことをやってきての結果が現状なのです。ですから今後も同じことをつづけたなら、いつまでも変わっていかないでしょう。大雑把な把握ではありますが、日本のキリスト教の現状はどうしても「知識を教える」域をでられないでいます。
 それで、それにつづく号で、その対応についての提案を掲げてきました。
「師弟関係の重要性」、「体で覚えるキリスト教」です。前号では、「信仰生活を身につけるには」というタイトルで、子供の頃遊びを身につけたのと同じようにして「身につく」キリスト教に触れました。これが体で覚えるキリスト教の原点です。
 教会はそれぞれ独自の風土を持っています。そこに集っている信者は、子供があそびを覚えるのと同じように、その教会の風土の中で信仰による生き方を覚えます。ですから、その教会の風土がどのようなものであるかが信者の信仰の姿を決定づけます。
本誌118号に掲載された藤田美智子さんの証詞に、「ただ教会によっては、クリスチャンホームの子でも日曜学校にだけ参加させるというところもあり、大人の礼拝の時は外で遊んでいるところが大方でした。ところが仙台のフリーメソジスト教会で、どの子供も静かに礼拝に出ていることを目の当たりにし、二人の子供たちにも出席させました。ここでは、クリスチャンホームの人たちは、どうしたら子供たちに信仰を継承してもらえるかとか、CSや礼拝はどうするか等、熱心に話し合っていました」とあります。ご主人の転勤が多く、各地の教会に出席させてもらったため様子がわかったのです。姉妹はよい信仰の風土を持った教会に倣って、よい結果を得ました。
 ある教会で救われた信者は、この世の生活上の都合でその教会を去っていかない、いつまでもその教会にいつづける、そういう風土を教会の中につくるべきです。日本のキリスト者がいつから、そしてなぜその信仰が不確かなものとなり、教会に通うことをやめたかを追跡したら、転居したことが、もっとも多い原因となっていることが分かるでしょう。信仰を失うことは、その人の人生全部を失うことです。そういう視点で、ためらわずにこの問題に取り組むべきです。教会の風土をよりよいものとすることに取り組んでいきましょう。

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