同労者

キリスト教—信徒の志す—

読者の広場 <短歌>

— 横浜開港百五十周年(三) —

鈴木 健一

 横浜では開港百五十周年を記念して、いろいろなイベントが企画されていて、博物館や公共施設に、その活気が感じられました。幕末、開港は賛否両論で、尊皇攘夷のエネルギーが明治維新を導きました。すぐれた先達のこの熱意がなかったら、私たちの国は植民地になっていたかもしれません。
 しかし結ばれた条約は、関税自主権がないなど不利な点が多く、ある意味では屈辱的でした。幕府はやむを得ない譲歩をしながらも、せめてもの抵抗をしました。横浜の「関内(かんない)」という地名が、それを表しているように思われます。居留地として、外国人をその中に閉じ込めたのです。(二首目の歌の「関」は関所の意味です。)明治政府の血のにじむような努力の結果、三十年代になってようやく不平等は是正されます。三首目の横浜正金銀行は明治三十七年に建てられました。
 私にとって、アメリカは好きな国の一つです。しかし、アメリカによるこのような圧迫される関係は、第二次世界大戦をした戦後は一層顕著であり、複雑な思いで展示を見まわり、幕末以来百五十年の歴史を考えたことです。

ステンドグラスの ボーハタン号
照り翳(かげ)る
不平等条約 批准の出港
開港は 押し切られしが
居留地を
関とし限り 「関内」と呼ぶ
黒船の 揺さぶり遙か
バロック式
正金銀行 厳(いかめ)しく建つ

(インマヌエル大宮キリスト教会 会員)

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