同労者

キリスト教—信徒の志す—

論説

— 主の復活の後 —

「イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。」(使徒 1:3)

 パウロはこう述べています。
「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、・・次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、・・・です。」(I コリント 15:3-4)これが彼の「最もたいせつなこと」と信じたものであって、もちろん私たちにとっても最もたいせつなものです。
 聖書を開いて見るとき、イエスの十字架と復活そしてペンテコステに至る時の弟子たちの姿が、非常によく表されていることが分かります。復活されたイエスはまず、弟子たちにご自分の復活されたことを、しっかり理解させなければなりませんでした。弟子たちの状況をいいますなら、主は彼らの眼前で十字架にかけられ、死にました。墓に葬られるのを彼らは見ました。ですから彼らは、イエスが死んだことをしっかり理解しました。イエスの復活を最初に知ったのは、イエスの体にもう一度香油を塗ろうと思って墓にやってきた女たちでした。彼女たちは弟子たちにそれを知らせに行きましたが、弟子たちはまだ信じられないでいました。空になった墓を見た時のことをヨハネはこう記します。
「彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかったのである。」(ヨハネ 20:9)その状況を打開するために、主のなさったことをパウロはこう解説します。
「・・ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。その後、キリストはヤコブに現れ、それから使徒たち全部に現れました。」(I コリント 15:5-7)十二弟子のひとりトマスが、「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言ったことにもイエスは、ご自分を顕されて対処されました。・・イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」・・。リーダー格であったペテロの信仰を、しっかり回復することも大切なことでした。ヨハネ21章にそれが記録されています。
 彼らには全世界に福音を宣べ伝える力はまだがありませんでした。ですから、イエスは彼らにこう命じられました。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。・・もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」(使徒 1:4)
 私たちもまず最も大切なことを信じ、そして聖霊を待ち望ませていただきましょう。

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