同労者

キリスト教—信徒の志す—

JSF&OBの部屋

伝えたい! 神の真理と愛

石井 和幸

『しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。』 (ルカ 22:32)

 先日、私たちの教会で、ゴスペルシンガー Migiwaさんのコンサートが開かれました。彼女の素晴らしい讃美と、幸いな証しを聞くことができ、また、彼女とともに奉仕するスタッフの方々、サポートの体制も学ぶことが出来、大変感謝しました。 特に心にのこったことは、Migiwaさんが劣等感と失意の中から、イザヤ書43章4節の御言葉を通して救われたこと、そして2年前、声が全く出なくなる病気になったときに、「もし、声をもう一度戻して下さるとしたら、今度はあなたに全てを献げ、あなたのために讃美しつづけます」 と祈り、回復が与えられたという証しです。 神の真理と愛をぜひ伝えたい! その気持ちがひしひしと伝わってきました。 私自身もう一度、イエス・キリストの福音を伝える、継承していく原点を再確認することが出来ました。
 コンサートが終わってから、最初に心に浮かんできたことは、教会野球部イーグルスのことでした。9月18日、イーグルスはちょっと強いチームと試合をしました。 自分の予想に反して、彼らは初回攻撃で3点をとり、1回を終わって3対1と途中まで優位に試合を進めました。今までの練習の成果とともに、ここまで若い人たちが教会のなかでともに歩んできたチームワークの良さがプレーに現れていました。 けれども、どうしてもその波に乗れずに、力が発揮できない選手もいました。 コーチとしては、その選手に厳しいアドバイスをしたり、全体的なポジションのコンバートも考える必要も出て来ました。 教会というところに、そういった優劣がはっきり出ることを持ち込んでもいいのか?と思われる方もきっといるでしょう。 私もたまにそういう思いが心に浮かびます。けれども、 「この世の戦い、信仰の戦いを、個々のものとして営むことに終始せず、主なる神を信ずる者が手を取り合ってともに歩むためにはどうしたらいいのか? 」ということを考えた時、教会における野球の働きは、その訓練をするところ、そして皆で喜びと汗をともにすることであることを思いました。 Migiwaさんのチームの働きも、主なるキリストを伝えるために、ともに手をとりあって歩んでおられる姿を見せていただきました。
 私は最近、2人のクリスチャン1世と交わる機会が与えられました。 1人はつい3年前、初めて教会に導かれ、サッカー留学のために海外に行ったつもりが、逆に信仰に成長が与えられて、今は神学生として学びと訓練を受けているK兄。 そしてもう1人は、高校時代に友人に誘われて、今は教会青年会の主力となっている大学生のT兄。 T兄は、この夏3泊4日のKGK夏期キャンプの準備委員の奉仕を終え、その日の夜から始まる超教派の集会に参加し、3日間、スタッフとして奉仕しました。 クリスチャン2世の学生でも、彼のようなハードなスケジュールを組んだ人はいなかったようです。 私は彼らとは以前も超教派の集会や、教会の交歓会等で会ったことがありますが、困難が起きたとしても喜んで奉仕をしていたことを思い出します。 K兄とT兄の共通していることは、すぐ近くに聖書のみことばをしっかり捉え、讃美に満ちあふれているクリスチャン2世の導き手がいたことです。T兄の場合は、自分を導いてくれた人は今は東北とは違うところで信仰生活をしていますが、T兄自身は今もしっかり教会の中で、信仰の成長を与えられています。
 ・・・Migiwaさんの飾らない証しと、 力強いギター、ピアノの演奏、そして讃美は、聴く人の心を打ちます。 私も集会の中でピアノを弾く機会がありますので、彼女がどれだけ心を込めてピアノを弾いていたか、良く分かります。 彼女が様々な試練のなかで与えられた神経験は、 みことばと、神の真理と愛をまっすぐに伝える讃美となって私たちの教会にも届けられました。
 私たちの教会にいる若い兄姉がバンド等で用いられる時の讃美や、また、野球やサッカーで見せるチームワークは、教会に与えられた賜物です。 その賜物を通して、やがて私の子どもや愛する人たちも神の真理と愛を悟り、主なる神の腕のなかにおちいって欲しいと願っています。それと共に、私自身も愛する者にイエス・キリストの福音を伝え、十字架のもとへ導く担い手でありたいという思いを新たにした9月でありました。

(仙台聖泉キリスト教会 会員)

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